37.結婚式で流すスライドに使う写真を整理していた日の話

 十四歳の誕生日、僕は記憶と使命を思い出し、神の化身としての活動を始めた。


 十五歳の時に僕を神として据えた宗教法人、真なる神を祀る会が誕生。

 その年に起こった港湾都市ポートピア大震災を予言したことが、転機であったように思う。


「ほら見てイーくん、これ酷くない? イーくんの写真だけど」

「酷いね。僕の写真だけど」


 姉と並んで広げているアルバムには、「神の化身・大地震を予言!」と書かれた幟の下、二人の警察官にへこへこ頭を下げている僕と、ビラの束を抱えて一緒に頭を下げるテステューさん(当時・代表巫女)が写っている。

 写真が少々ぶれているのは、撮影者であるレインが必死で笑いをこらえていたからだろう。


 港湾都市には小さいけれど真神会の事業所もあったし、母方の実家もあった。

 予言から一月ほどの猶予の中、信徒の事前避難は、教団による周知や仮設住宅のお陰で極めて順調に進んだ。当時教団本部のあった山奥の村には土地も有り余っており、ざっくり木を倒して土を削り、ユニットハウスを運び込む程度なら、十分余裕を持って片がつく。金銭的に転居が厳しいという信徒、信徒の縁者や友人を中心に希望者は受け入れた。

 とはいえ、避難しようという人の大部分は仮設住宅ではなく、他地方の親戚を頼ったり、一時的にホテルを取ったりしていたため、仮設住宅や土地が足りなくなるということはなかったかな。

 港湾都市の市民全員が避難してくるわけでは、当然なかったのだし。


「このプレハブ山もねー。作ったって聞いた時は、ついに行くとこまで行ったかーって思ったけど」

「いいんだよ、地価も上がって、この九年で元も取れたんだから」


 アルバムには山肌に並ぶ仮設住宅の群を煽りで撮った写真が収められている。

 棚田のように段になった土地に、無数のユニットハウスが並んでいて、それを背に立っている僕の画だ。顔は逆光で真っ暗だけど、これはレインの写真技術の問題ではなく、きっと後光が差してたとかそんな感じなんだろう。

 現在ルルド新興住宅街ニュータウンと呼ばれる地区はこの後、商業区域と共に大きく発展し、現在も多くの教団営賃貸住宅が立ち並んでいる。


 賃貸住宅といえば、母方の祖父母は港湾都市市内でアパートを経営していたのだ。

 当時僕の奇跡の力なんてまるで信じていなかった母は、祖父母への避難勧告依頼を「年寄りを怯えさせてどうするの」と一蹴。

 仕方なく、僕は直接祖父母宅へ赴いて説得し、出来ればアパートの住民にも避難を促すようにお願いした。そんな「管理人の孫のお遊び」に付き合ってくれたアパート住民は半数ほどで、やはり全員というわけにもいかない。


「イーくんが胡散臭くなかったら、もっと大勢の人が助かったのにね」

「不謹慎」


 神の化身を胡散臭くなくす方法なんて、僕は知らない。

 今では世界屈指の巨大宗教になったとはいえ、国内ですら大多数の一般人にとって、僕は胡散臭い詐欺師集団の親玉か、胡散臭いイロモノ芸人のような存在なのだ。


 当時信徒以外への予言の周知自体としても、信徒からの口コミは勿論、伝手を頼ってテレビに出たり、新聞広告を出したり、街頭でのビラ配りで行いもした。テレビの方は「クイズ番組のゲストパネラーとして出演し、番組最後の告知で予言をぶつ」という歪んだ内容だったけれど、やらないよりはマシだったんじゃないかな。

 まぁ当然、大半の市民はそんな予言笑い飛ばしたし、僕の予言は物真似芸人の持ちネタにもなったんだけれど、それも震災当日までのことだ。


 港湾都市は海抜にして数メートル程度の平地と埋立地上にその大部分が構成されているものの、ほぼ円を描くように陸地の伸びた湾内の海岸沿いに位置することもあって、今まで大きな津波被害は受けたことがなかった。

 今回の大震災の震源地はその湾内であり、波の直撃を受けた家屋の多くはあっけなく海に飲まれた。


 単なる地震の予言なんて、世界中の自称超能力者がしていることで、別段珍しいものでもない。予言者は無数にいるんだから、誰か一人くらいは当たってもおかしくない。

 ただ、地震発生の日時、地域、被害規模を完全に言い当てた上、教団私財を投じて避難所まで建設していたというのを、単なる偶然とは見過ごしづらい。


 結果として僕は、命を救ってくれた感謝と、家族や知人の命を救ってくれなかった逆恨みと、異常な存在に寄せられる好奇と、金儲けの臭いによる擦寄りと、世間で急に持ち上げられたことによる特に理由のない反骨と、地震兵器使用によるマッチポンプの疑惑に晒されることとなる。


「あ、ほらほら。窓から投げ込まれた石を全力で投げ返すレインちゃん」

「それ超面白かったから反射的に撮ったんだよね」


 石は投擲者の背中に直撃し、咳き込んでいた所を捕縛。

 犯人はその頃に震災とは無関係に会社が潰れた元社長みたいな人で、景気の良いうちへの八つ当たりによる犯行だったんだけど、レインの長きに渡る説教により改心して敬虔な信者となった。

 そんなことが度々あったのだ。


「あれ、高校の入学式じゃん。こっからもう高校生かー」

「後ろに建設中の聖央都中央大聖堂セントセントラルセントラルカテドラルが映ってるんだよね。この時はただの大聖堂だったけど」


 震災直後は連日のテレビ出演で受験勉強も手につかなかったものの、高校は内部推薦で無事入学。

 大聖堂が近所に建立されたことにより、悪目立ちは加速。

 高校生活の傍ら、休日には奇跡による治癒やリーディングをしながら遍歴し、国内の無宗教層の多くは僕の信者となり、教団は急成長。

 十七歳になった年には教団本部を僕の家の近所に引越し、各大都市にも事業所を作った。


「これ修学旅行だっけ? なんか二週間くらい行ってたのに、お土産ゴーフルだけだったやつ」

「何でそんなとこ覚えてんの」


 写真には雪景色の中で微笑みたたずむ僕と、それに跪くスーツ姿の二人の大男が収まっていた。

 修学旅行先の氷雪都市フリージアで、現地の宗教団体がアンチ宗教強硬派の新市長とモメてて、その抗争に巻き込まれ、最終的に市長と宗教団体の総裁を信徒として迎え入れた時のものだ。

 当時は展開が理解できなかったけれど、今でもいまいちよくわからない。


「大学……は違ったんだっけ?」


 十八歳の年に知人の勧めで、国内最高学府とされる国立チュイエレオル大学文学部哲学科を受験したのだけれど、結果はお察しで、滑り止めで受けていた人文学科に一芸入試で合格。

 奇しくも前世と同じ学部学科になってしまったのだけれど、哲学科の宗教学専攻ゼミには潜り込めたし、前世よりは有目的な大学生活を送ることとなる。


「あんまりそんな気もしないんだけどねぇ」


 十九歳で学内での布教行為を行って学生課から注意を受けた後は大人しくしていたのだけれど、翌年、僕の信者が天与聖典バイブルサークルという、部外者だったら絶対に近寄りたくないサークルを結成。僕は名誉会長として籍を置くこととなる。徒歩五分の先にある他大生であるレインも当然のごとく居座り、渉外業務を取り仕切っていた。

 大学時代の写真には、サークルメンバーとレインが一緒にガリ版を刷っている物などもあった。


「都市名改称パーティの時だよね、これ。なんでレインちゃんが舞台立ってんの?」

「僕より話が上手いから」


 そしてその二十歳の年の誕生日に、僕の生まれ育った街は聖央都セントセントラルと名を変えた。


 二十一歳の年には肥大化した教団内部で生まれた不平分子と、外部の新教派が結託してテロリズムを敢行。約一年に渡る抗争の末、無事鎮圧することは、出来たっちゃ出来た。


「あー、イーくんのお通夜ね。泣いたわーこれ、懐かしー」

「その節はご心配おかけしまして」


 この時に僕一回死んだんだけど、なんか二日後復活したしね。


 二十二歳の年は前年に引き続き、就活も出来ずに各国の扮装地帯を巡って布教をしていたのだけれど、翌年、大学卒業後も当然のように就職内定を一つも取れなかった僕は晴れて無職に。

 単純に忙しくて就活できなかったというのもあるけど、就職したってまともに働けるかどうかも怪しい所だ。大統領と会談するから有給ください、ってのもどうかと思うしさ。


 神の化身は奇跡で金儲けをすることは出来ないし、丸一年以上続いた教団幹部のヒモ生活で地味に滅入っていた僕は、レインの提案に従い、その扶養家族として永久就職することを決意する。

 苗字は僕の家のに統一したわけで、一応嫁取りという形にはなるんだけど。

 そうして籍を入れたのがつい先日であり、現在、後日行われる盛大な挙式の会場で流す「新郎新婦の軌跡を辿る思い出のスライド」用の写真を、式場のオーナーである姉と選んでいる最中だ。


「で、中学時代からここまで、イーくんとレインちゃんが一緒に映ってる写真が、一枚もないわけだけど」

「えぇと、あった、中高の卒業アルバム。こっちなら結構あるよ。集合写真とか」

「あんたらそんな仲悪かったの? なんで結婚したわけ?」


 なんでと言われてもなぁ。


 生年月日も同じで家も隣同士、生まれた時から一緒に育ったわけだから、それぞれの親が撮影した小さい頃の写真では二人で写っている物も多い。多いんだけど、中学生にもなるとそうもいかない。

 学校内だと男女は別々のグループになるものだし、二人で行動していてもシャッターを切るのはお互い同士となり、ツーショット写真などは望めない。

 お互いが撮った中で、明らかに他の人間が介在するシーンの写真もあった気はするけれど、それはそれ、これはこれだ。


「うちとしては宣伝にもなるから、仮面夫婦でもいーんだけどさ」


 姉の経営する株式会社ロード・トゥー・ゴッドは随分前に「金地金を回収して廊下通行権を貸し出す」とかいう怪しげな商売から足を洗い、現在はまっとうなレンタルスペースや冠婚葬祭の計画差配、エコロジー研究開発等の業務を軸にしている。

 元々は僕らの式も内輪だけでこじんまりと行うつもりだったんだけど、教団幹部からの突き上げや、姉からの提案に従って大々的に執り行うこととなり、「一般向けのプランをそのままスケールだけ大規模にする」という方向で話がまとまって、現在に至るわけだ。


「仮面じゃないって。ちゃんと愛し合ってるよ」

「ひゅー、お熱いわー」


 姉弟互いに棒読みで掛け合い、ピックアップした写真を並べて束ねてゆく。


 そこでふと、昨今の懸案事項が頭をよぎった。

 姉に相談してみようか、と思い立つ。


「仲が良いんだか悪いんだかわからないと言えば、うちの嫁姑の話なんだけど」

「仲は良いんだろうけど、あれはどうかと思うわ」


 母とレインとの聖母論争は、姉の目にも余るものらしい。


「姉さんとこはどうなの。向こうの姑さんと」

「お義母さんの相手は子供達に任せてるから、どうともね」


 何年か前に結婚した姉は現在二児の母であり、人見知りもせず愛想の良い甥姪は僕にもよく懐いてくれており、大変可愛い。

 天与聖典には絵本や童話が集められたパートもあるので、よく暗誦して聞かせている。神の化身として植えつけられた知識には、聖典の全文も含まれているのだ。

 何の役に立つんだと思ってたんだけど、これ案外便利なんだよね。正直、初めて神様に心から感謝したかも知れない。

 本買えよって言われたら、そうですね、って答えるしかないんだけど。


 姉は心底からの呆れ顔で、こんなことを言った。


「そもそもイーくんとこの宗教って、天与聖典バイブル教の分派なんでしょ。聖母なんて異端もいいとこじゃん」


 ああ、と僕も頷く。


「分派っていうか本流なんだけど、まあ、言われてみれば異端だよねぇ」


 姉に言われて気付くのもおかしな話だけど、確かにその通りなんだよね。


 天与聖典教は、天与聖典の神を唯一神として戴き、天与聖典の教えを教義と定めている。

 天与聖典によれば(というか、事実そのものなんだけど)、この世界は神が三番目に作った世界だということになっている。

 二番目に作った世界は僕が前世を過ごした、神が忘れられた世界。

 そして一番目に作った世界は、神が裏切られた世界だ。


 第一の世界に於いて、天と地、光を創造した神は、生命を作るのに各種族の母となる者を創造した。

 獣の母、鳥の母、魚の母、虫の母、草木の母、妖の母。

 宗教用語で旧世六母と呼ばれる彼女らは、自分の産んだ子供達から受ける愛情と崇敬に溺れ、その子等に神を忘れさせ、世界から神の居場所を奪ったらしい。

 これは神の主観で神自身により書かれた話だから、どこまで信用して良いのかは微妙な所なんだけれど、少なくともそれに近いことはあったんだろう。


 この三番目の世界では、全ての生命の太祖は神が自ら創ったもので、旧世六母のような中間管理職は存在しない。

 トップの神を除けば、魔法や現象を司る精霊と、営業担当の神の化身と、その他全ての生命・事物は同列という建前になっている。

 ので、聖母なんて役職を勝手に作ったりしたら、たぶん神にすっごい怒られるのだ。

 具体的には、聖母就任公式発表記者会見の場で雷落として八つ裂きにするとか、そんなんだ。



 脂汗が、だっらだら出てきた。



「ちゃんと止めてくる」

「がんばれー」


 かくして聖母論争は収束し、義理の母娘の関係も修復された。

 この小さな小さな宗教戦争は一滴の血も流さず、穏やかに和睦を向かえたのである。

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