32.知り合いの知り合いを紹介された話

 沈黙という放送事故、それに付随するキレの悪い別れの挨拶、もやもやする念話の切断。


 それから十数分後、「女の子からよぉ」という母の言葉で取り次がれた念話の相手は、先程まで話していたのと同じ、代表巫女のテステューさんだった。


「こういうのは私じゃなくて、リータの専門分野なんですよ」


 と先方は自信満々におっしゃる。


「あ、“氷柱の輪”総裁の娘、リータ・レーナ=レフトです。私の学生時代の友達の」


 流石は頭脳明晰、他人の心理の奥底までを見通し、「過去十代で最も女神の力を強く受け継ぐ教祖」とまで称えられた才女だな。僕が「リータって誰だっけ?」と一瞬悩んでしまったことにも即座に気付き、こうして対応してくれる。

 あの人ね。あの人。あの、マフィアの令嬢みたいな。


「物理的に潰すってことですか?」

「何言ってんですか、シュ。そっちじゃないですって」


 良かった。


「リータは私と違って顔が広くて、友達が多いんですよ。たぶん、こんな時にうってつけの人材にも伝手があるんじゃないですかね」

「丸投げですね」

「こちらは命の恩人ですし、無下にはできないでしょ」


 言われてみれば、そういうことになるのか。

 件のレフトさんと、そのお父さんでもある“氷柱の輪”総裁が殺されるはずだった・・・・・・・・・殺人事件。それを僕が予言の力で未遂に終わらせたのは、つい先日のことだった。

 あんまりアッサリ片付いたから軽く感じていたけれど、よく考えたら大事だよね。


「なら、その方向で行きましょう」

「了解です。リータには私から連絡しときますね。主は週末の二連休どっちか、都合つきます?」

「どっちも大丈夫ですよ」

「はいはい、ではまた、詳細決まったら念話しまーす」

「ありがとうございます、宜しくお願いします」


 さっきの念話とは大違いのスッキリした終幕に、僕も晴れ晴れとした気分でお礼の言葉を告げ、受話器を下ろした。



 夏休み明けのウィークデーは散々だった。

 幼馴染からのマルチ商法勧誘は初日限りで終わったけれど、翌日からは、その他のクラスメイトからの勧誘が始まったのだ。

 その多くはほとんど会話もしたことのないような相手で、残りはそれほど会話もしたことのないような相手だ。

 友達が増えたぞ良かったなぁ、なんてものじゃない。価格に見合わない品の購入を断ったら罵倒してくるような相手を、友達に欲しいとも思わないし。

 別に友達がいないわけでもないし。占い切欠で仲良くなった人とかもいるし。


 で、当然、授業が終わって帰宅してからも至る所で、HVLの影響が見られるわけだ。

 神の奇跡を用いた占いボランティアの方にも、「悪性波動の影響による肝臓病」について相談に来た国会議員がいた。面倒だからその場で治療して、「お酒は控えてください」との託宣を与えたんだけど。


 ちょっとこれは規模が大き過ぎる。

 幾ら何でも、あんなに胡散臭い適当設定が、こうも世間に広まるものだろうか。

 これひょっとして僕が間違ってるんだろうか、悪性波動は本当に存在し、人々と自然を蝕んでいるんだろうか、と不安になってきた頃。


 週末が訪れた。


 待ち合わせの正確な日時については、救援以来の念話をかけた翌日、テステューさんから改めて連絡があった。

 午後十二時に駅前にある巨大オブジェ(最近作られた、何か犬のような物だ)の前で。ということだったけれど、テステューさん本人は外せない別件が入ってしまい今日は来られないらしい。


 要するに、僕は「一度しか会ったことのない人」と、「その人が連れてくる初対面の人」を相手に、お金の話をしなければならないことになる。

 確かに、僕とテステューさんはマブダチというわけではないし、サシで話していてもすぐに会話が尽きる。でもそれは、僕らがお互いに自分から積極的に日常会話を振るタイプではないから、というだけだ。

 元々近い立場の相手でもあるから、何度か会ったり共に遠出をしたりする内に、それなりの信頼関係は築けたと思う。少なくとも同時期に知り合った一流大学の教授や修士生に比べれば、一緒にいて余程安心する。


 対して、今からここに来るのは、ほとんど知らない教団総裁令嬢と、全然知らないお金の専門家。

 教団総裁令嬢のレフトさんは、笑顔も爽やか、初対面でも気さくなトークと小粋なジョークで場を盛り上げる社交的な好人物ではあった。のだけれどいかんせん、僕の中では地方都市の裏社会を支配する、宗教マフィアのボスの娘、という印象しかない。

 いや、僕の考えすぎだとは思うよ。先方に十人会ったら九人はそんなこと考えもしないと思うし。でも、今こうして考えてるのは、残り一人の僕じゃん。

 時間の都合が合わず、事前の打ち合わせも出来ていなかったのだけれど、これね。

 真夏は疾うに過ぎたはずなのに、だらだら流れる汗が止まらないのは、何なのだろう。


 そんなことを考えながら、駅出入り口方面をきょろきょろ見回していると、見覚えある若い女性と、半歩遅れてついてくる銀縁眼鏡の男性の姿が目に映った。


「あ、シューさん? お待たせしてしもたみたいで」


 片手を頭の後ろに添えて笑いながら軽快なステップ&会釈をしてみせるのは、間違いない。リータ・レーナ=レフトさんだ。


「こっちはやっぱし暑いわー。シューさんも汗ダッラダラやないですか、ごめんなさいね」


 シューさん、というのは以前会った際、テステューさんが僕を「シュ」としか呼ばないせいで始まった勘違いであり、誰も訂正しなかったためにそのままになっていた呼び名だ。

 今更訂正するのも、何か申し訳ないんだけど。


「こちらこそすみません、レフトさん。遠い所、わざわざありがとうございます」

「いや、気にせんとってください。ちょうど今日の夕方、こっちに用事あったんですわ」


 レフトさんは北国からこちらにきたばかりだからか、薄手のカーディガンの袖を腰に巻き、上はノースリーブのシャツ一枚になっていた。

 その左後ろ、こちらから見たら右奥に控えている男の人は、こちらに一度会釈した後は、しきりにレフトさんの顔を覗き込んだり、「あの」「先輩」などと小さく声をかけたりしている。服装はサマーセーターに薄手のジャケットと、比較的厚手だ。

 あれかな、南国から来たのかな。そんなわけないか。この辺に住んでる人でも同じような格好してるしね。


「おー、すまんすまん。紹介しますわ、シューさん、こちら金儲けの専門家のマリウス=アイヴォリー君。マリウス、こちら神の化身のイーサン=アンセットさんな」


 あれ、名前知ってたんですか。そりゃ調べればわかるとは思うけど。

 大方、テレビなりで僕のことを見ていた教団信者の人に、後から教えられた感じだろう。


 というか、アイヴォリーさん? にも、もうちょっとマシな紹介文はないものかな。


「あの先輩、もう少し印象の良い紹介をして頂けないものでしょうか」


 ほら、本人も言ってるよ。


「ほんなら、金儲けの専門家の卵?」

「まだそちらの方が良いですね」

「アホ言うとらんと、はよ挨拶し」


 自分で始めた話を自分で断ち切り、レフトさんは軽くアイヴォリーさんの背中を押す。

 押された金儲けの専門家の卵はほとんど表情を変えずに軽くよろめき、姿勢を正してからこちらに向き直る。


「初めまして。ただいまご紹介に預かりました、マリウス=アイヴォリーです」


 僕も慌ててお辞儀を返した。


「初めまして、神の化身です」


 自分の発言に対しても、僕は動じない。

 昨年神の化身としての記憶に目覚めて以来、自分で名乗ろうとすると勝手に「神の化身」という言葉が口をつくのは、いつものことだ。

 ほんの半月前までは相当恥ずかしかったこの呪いだけれど、先月後半でテステューさんと各地の支部を飛び回り、行く先々で挨拶をし尽くした僕に怖いものなど何もない。


「あっははははは! 出た! 化身ギャグや! ほんまに言うたはる!」


 と笑いながら背中をばしばし叩くレフトさんのような反応にも慣れたもので、半眼で微笑みを返して見せる。

 アイヴォリーさんが「おお……」と小さく、感嘆するような声を漏らした。

 何への感嘆なんだろう、これは。


「よっしゃ、ほんならメンバーも揃った所で」


 一頻り笑い終えたレフトさんはパン、と両手を合わせ、


「帰らしてもらうわ!」

「ちょっと!」

「先輩!」

「言葉選びが甘い! ツッコミは的確に、限定的に、二語以上で!」


 反射的にツッコミを入れた僕とアイヴォリーさんにダメ出しをし、その場で解説を始めた。


「まず的確に、ってのは判るわな? 相手の意図を酌むか、周囲の反応を代弁するか。的外れな指摘は一気にテンポ狂わすから注意しや」


 なるほど、と僕は小さく呟いた。


「限定的に、は、汎用的にの対義やね。“なんでやねん!”やとか“アホか!”やとかね、どんな状況でも通じる台詞は重みがないし、薄っぺらい。そんなもんは九官鳥にでもできる」


 アイヴォリーさんは手帳を広げてメモを取っている。


「二語以上言うのは、ツッコミの機会が何度もある場合の対策。“今!?”やの“眉毛!?”やの、単語だけのツッコミはインパクトはあるけども、連発すると単調に響く。これは使い分けの問題やけどね」


 ふと周囲を見回すと人通りの多い駅前だ、通行人も何事かとこちらに視線を送ったり、中にはふんふん頷いている人もちらほら見える。


「以上を踏まえて、今回に適切なツッコミは何や、マリウス、言うてみい」

「今来た所でしょう……って、何の講座ですかこれは! そうですよ、今来た所でしょう!」


 ノリツッコミの満了を合図に、人の群も再び流れ出した。


「そや言うてもね、私そない関係ない上に専門外の話やん? 別に暇な訳やないしやね」

「うう、いえ、確かにそうですけど」


 言葉に詰まるアイヴォリーさんだけれど、まぁ確かにその通りだろう。

 依頼主の僕が帰るのは些か意味不明だし、金儲けの専門家の卵たるアイヴォリーさんは本日のキーパーソンだ。

 紹介者であるレフトさんは、紹介を終えた時点で、紹介者としての役割を果たしたことになる。

 僕を信仰しているテステューさんならともかく、僕とは顔見知り程度でしかないレフトさんが、そこまでしてくれる道理もない。

 むしろ、特に見返りの要求もなくこんな手間をかけてくれただけで、十分すぎる位だろう。


「シューさんもそれで宜しい?」

「はい、すみません。お忙しい中、本当にありがとうございました」


 僕は深々と頭を下げた。


 さて、ご恩に報いるためにも頑張ろう、と顔を上げ気合を入れる。


 と、少々困った様子のレフトさんが、頬を掻きながらこちらを見つめていた。


「どうかしました?」

「いやいや、いくら何でも、人紹介するだけ紹介してハイおしまい、とは言いませんて。もうちょっと居させてもらいますよ」


 そう言って苦笑する。


 なんだ、と思う。

 何故か僕の中では怖い人のようなイメージがあったレフトさんだけれど、話してみると、親切で優しく、話しやすい人なんだな。

 第一印象なんて当てにならないものだ。


 僕はほっと一息ついて、微笑み返した。


「はい、それではレフトさん、アイヴォリーさん。よろしくお願いします」

「こちらこそ宜しくお願い致します、ええと、シュー君」

「よろしゅう頼みますね! 私あと五分でここ出なあかんのですけど!」

「引っ張った割りに短時間!」

「五分で恩着せがましいですよ!」

「二人ともちょっとツッコミの台詞が長い! テンポも意識しぃや!」


 それから三人で駅前の喫茶店へ向かい、レフトさんは水だけ飲むと、本当に五分後には駅へ走り出し、僕とアイヴォリーさんは作戦会議を開始した。

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