27.事件が起こる前に解決した話

 そんなこんなで、事件の実行犯であったレオ・ペッカ=ユルハは犯行前に取り押さえられた。当初は犯行を否認していた彼も、犯行計画を一から十まで読み上げてやった所、観念して罪を認めた。

 事件の黒幕だった副総裁・マティアス=エスケリネンの身柄も拘束し、総裁本人が守衛さんを護衛につけて、現在別室で取調べ中だ。実際に事件が起きたわけではないので、警察に通報するわけにも行かず、全部内輪で片付けることにしたのだ。宗教団体はこういう時の結束力が強いんだね。怖い。


 教団本部についた当初は、胡散臭げな目で「何か変な宗教にでも引っかかったん?」とうちの代表巫女を心配していた総裁令嬢も、総裁の執務室前で、これ見よがしなロープや氷に繋がれた液体窒素の容器を発見した際には、


「おお……ほんまに液体窒素……液体窒素なん? 外見そとみやと判れへんけど、何かそれっぽい缶カンや……」


 と驚愕の声を上げた。それでようやくこちらの言い分について一考する気になったらしい。

 こんなあからさまに怪しい物を、どうして放置していたのかは疑問だったのだけれど、恐らく仕掛けを作ったのは、発見の直前だったのだろう。ちょうど氷のナイフを掴んで現れたユルハと鉢合わせ、あくまで凶器を「趣味で作った玩具」だと言い張る犯人を執務室に引きずり込み、取り囲んで尋問したのだ。


「お嬢。マティアスの自宅から、今回の証拠になりそうなもん見繕って来ましたで」

「おーセリム、ご苦労さん。ほんなら、上手いこと繋げて総裁んとこに持ってって」


 総裁令嬢ことリータ・レーナ=レフトさんは、手馴れた様子で信者に指示を出し、出された側もまた迅速にそれに従う。


 テステューさんがそんなレフトさんの両肩を後ろから掴み、


「ほら、リータ、うちのしゅは全知でしょ」


 と言うと、


「ほんまやね」


 とレフトさんも適当に同意し、テステューさんを肩に貼り付かせたままこちらを振り向く。


「いやー、でもシューさん? やっけ? お陰で助かったわ」


 勿論、僕はシューさんではないのだけれど、訂正しようと口を開くと、また変な目で見られて、ようやく少しばかり得られた信用を喪失するのは目に見えている。

 だから、ただ曖昧に頷いた。


「リータの所も改宗しない?」

「いや、うちもそれなりに信者抱えとるし、そんな軽く教団改宗とか普通無理やろ」

「うちは大体みんなついてきてくれたよ?」

「アンタんとこ、ちょっとおかしいで」


 僕は久々に再開した友人同士、水入らずの会話を邪魔しないよう、僕はそっとその場を離れた。



 “氷柱の輪”があるのは氷雪都市フリージアの街でも外れの方になる。

 周囲は閑静な住宅街で、耳を澄ませば遠くからセミの声が聞こえるのと、後は時折通り過ぎる車の音くらいだ。地元ではあれだけ騒いでいたセミも、こちらでは数が少ないのか、あまり五月蝿くも聞こえない。

 窓を開けて大音響でロックミュージックを垂れ流す車が、目の前を通り過ぎる。街でも最近よく聞く、ダチとかいうバンドの曲だ。幼馴染の女の子がやたらと推していたから、耳に染み付いていた。

 そこで、思い出した。


「あー。お土産買わないとなぁ」


 夏真っ盛り、炎天下。

 家族にも友人にも、何も言わずに突然この涼風吹く街に来てしまった。

 せめてお土産の一つも買わないと、しばらくはグチグチ文句を言われるだろう。


 僕は財布の中身を覗いて軽く嘆息し、空を仰ぐ。


 雲の少ない夏空だ。


 そうして僕は、お土産代を出してもらえるかどうか、巫女に相談することにした。

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