26.北へ来た話

 予言。


 それは万象を見通す力だ。


 今まで透視スキャンリーディングを用いて、人の過去や未来を読んでいたのは、予言と言えるほど大した力じゃない。

 人の状態を示すオーラ、人の運命を示すアカシャ。それらから、人間個人が既に過ごしたはずの生き方や、これから送るだろう将来を読むことは、言ってみれば、「雲の動きを見て天気を予想する」程度の話でしかない。

 その精度には技術の差こそあれ、そんなものは「出来て当たり前」の範疇と言える。


 予言は、それとは別格の力だ。

 蝶が羽ばたけばハリケーンが起こるし、風が吹けば桶屋が儲かる。同様に、世の中の万物は、それぞれがドミノ倒しのように関わり合っている。

 予言とは、目の前の事象から、その連鎖する全てを読み取る力。言わば「下駄を飛ばして天気を予想する」能力なのだ。

 下駄の飛ぶ空間の風の流れや、鼻緒に染み込む湿気は勿論、その下駄を飛ばした人間の意識や体調、それらを左右する自転や公転、電磁波に振動、地形にトレンド、吐息や教育、あらゆる要素が下駄の飛び方に関係し、同時に、直接間接の別なく、天候にも関わっている。それは下駄を飛ばした場所の天候に限らず、この世界のあらゆる場所、あらゆる時間についての話だ。


 予言は人間の演算能力をごく短期的にフル活用しなければならず、多くは夢の中など、まったく頭を使っていない時、無意識に行使され、予言者が興味を持ったごく一部のみが記憶に残り、何かの切欠で口をついて出る。

 予言の範囲は、予言者の位置と時間から連続的に存在するあらゆる位置と時間。ただし、連続的に認識することが不可能な異次元から干渉する異物が介入した場合は予言が狂う場合もある。


 と、いうようなことを、先程思い出した。

 神の化身として転生する時に植え付けられた天与の知識というやつなんだけど。

 やっぱり、真面目にボクを信仰してくれる信者が、一度に何百人だか、千何百人だかも増えたのは大きかったんだな。

 なんかもう本当に神の化身みたいじゃん。本当に神の化身なんだけど。


 宗教法人・氷柱の輪、その内部で殺人事件が起こるという僕の予言の後、僕を信仰する教団の代表巫女であるテステューさんは、すぐさま彼女の友人である“氷柱の輪”関係者に連絡を取った。

 何でも、彼女の先祖であり、後世で「女神」と呼ばれた人も、こういった予言をたびたび残したという記録があるらしく、すんなり受け入れてくれたのだ。予言って宗教関係だとわりにポピュラーなんだね。

 まあ、普通の人間でも根性さえあれば再現できるし、何より「魔法じゃできない」ことだしなぁ。



 そんなこんなで、だ。


 予言に従い事件を止めるべく、僕とテステューさんはその日の内に“氷柱の輪”の総本山、氷雪都市フリージアへと空路で向かった。

 運賃はテステューさん持ちである。


 空港到着は昼食には少し遅すぎるくらいで、「空港といえばおうどんですよ」という提案に奢られる立場の僕は素直に従い、一息ついて、空港駅から直通電車で都心駅へ。


 そして現在に至る。


「主よ。やっぱりTシャツじゃ寒いですね」


 とテステューさんが自分の肩を抱いて言う。

 ついさっきまでアスファルトに陽炎の漂うような街にいた僕達は、当然夏服に身を包んでいる。

 氷雪都市も夏真っ盛りとはいえ、向こうの夏とこちらの夏では、夏レベルが段違いだ。避暑地なんてものじゃない。普通に寒い。


「でもみんなTシャツですよ」


 と僕は答える。

 地元民と思われる老若男女の大半はTシャツ、せいぜい七分袖、ごく稀に我慢強そうな人が長袖を着ているくらいで、完全に夏の装いであった。怖い。


「みなさん、神経辺りが参ってるんじゃないでしょうか。主が治療してあげてくださいよ」

「仮にそうだとしても、治さない方がありがたがられるんじゃないですかね」


 地図を見ながらバス停を探すも、縦横綺麗に区切られているのに絶妙に判りにくい地理は僕らに安易なバス利用を許さず、業を煮やしたテステューさんのお金でタクシーを拾った。

 ドライバーに目的地を告げて、一息。


「殺人事件って、どんなです?」


 脈絡なくぼんやりした質問だ。

 何と答えたものか、と僕は少し考えてから答えた。


「まず、犯行時刻は今から四時間後。被害者は総裁、実行犯は信者のレオ・ベッカ=ユルハという男です」

「ふむふむ」

「犯行現場は、氷を使った時間差トリックにより落とした液体窒素で部屋中の窓とドアを凍らせて作った密室です」

「おお、ここで氷が来るんですね」

「仕掛けた氷の割れる音で注意を逸らした隙に、氷のナイフで心臓を一突き」

「氷尽くしですね」

「死体は凍らせることで死亡推定時刻をずらします」

「密室に時間差つけましたしね」

「服の表面を薄い氷で覆うことにより返り血を防ぎ、表面を魔法で凍らせた湖をスケートで逃走します」

「はぁー」


 うん、まあ酷い事件だと思う。

 宗教団体関係の事件ってこともあるけど、こんな事件だから僕の印象にも残り、予言となったんだろう。


 タクシーの運転手さんも、ちょっと笑ってた。

 本当に起こる事件だとは思ってないからなんだろうけどさ。いや、本当に起こっても、笑う人は笑うかも知れないけど。


 でも、人が死ぬんだよ。笑い事じゃないんだよね。


「それと、この時に犯人をきっちり捕まえないと、今日中に第二の被害者が出ます」

「と、言いますと」


 僕の声色からか顔色からか、何か感じる所があったんだろうな。

 完全に気の抜けていたテステューさんの表情が、僅かに引き締まる。


「被害者は総裁の娘、リータ・レーナ=レフトさん。凶器は飲み物に混ぜた毒入り氷です」


 そう、第二の被害者は彼女の学友だ。

 面識のない僕への世間話で口にするくらいだから、それなり以上には仲が良かったんだろう。

 開きかけた口を一度閉じ、一呼吸置いてから、いかにも軽い調子で微笑んで、再び口を開く。


「トリックのレパートリー、多いですね」

「総裁も娘さんも氷属性だから、単純な温度差には耐性ありますしねぇ」


 それきりしばらく会話が途絶えた。

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