23.事件の後日にお茶を飲んだ話
ガラス一枚隔てて陽炎の踊る真夏日、
メロンソーダの氷を揺らし掻き混ぜながら、
「そういえばアンセットさん、天才のくせに、天才嫌いでしたよね」
姉弟子がそう吐き捨てた。
夏休みに、師匠の営業について出た以外は一切遊びに出掛けてもいないという彼女へ、今回の事件の顛末について話した際の、一番最初の感想がそれだった。
心外であった。
「そんなことないと思うけど」
「そうでしたね。憎んでいる、といった方が正確でした」
「明らかにそこじゃないよね」
鼻で笑って姉弟子は、ストローの紙筒で作った蛇腹毛虫に、ソーダを一滴足らして見せた。
***
別日、マネージャーに同じ話をした時にも、似たようなリアクションを受けた。
「サニーってさ、昔から、頭の良い人とか、顔の良い人とか、家柄の良い人とか、お金持ちとか、大嫌いだもんねー」
ケタケタ笑うマネージャーに顔をしかめて見せてから、反論の言葉を口にする。
「別に、嫌いな訳じゃないよ。そういう人にたまたま僕の嫌いな人がいるってことは、あるかもしれないけど」
「嘘だぁ。中学入って、クラスに友達もいなかった時さ、ディック君だけは何か、目の敵にしてたじゃん」
そう言われて、言葉に詰まった。幼馴染みでもあるマネージャーの観察力には、一理無いでもないのだ。
心外ではあるけれど、そういう部分がないこともない可能性があることは、認めざるを得ないのかも知れない。
僕は麦茶の氷を、コップを降ってかき混ぜ、軽く呷って飲み下した。
***
また別の日、僕は一流大学一流学部一流学科の一流教授の研究室で、一流茶葉の紅茶をご馳走になっていた。
「いやはや。今回の件がこうもあっさり解決し、それも見事に丸く収まったのは、流石は神の化身たるアンセット先生といった所ですな」
あはは、と愛想笑いを返す。
意識してみれば、確かにこれは確かにコンプレックスなんだろう。
先ほど挨拶をしたユリアンさんや、今目の前にいるヒンクストン教授にも、自分が妙な負い目と不安感を抱えているのがわかる。
そして、それを隠すためにへりくだったり、そのくせ内心で強気に出たりしている。
うわあ。あの二人はなんて酷いことをしてくれたんだ。これはあれだよ、自分を嫌いになるやつだよ。
あいつら僕に何の恨みがあるっていうんだ。
「ルルドの村長や、“女神の涙”の皆さんから届いた御礼状がこちらですな」
教授は机から三通の手紙を取り出す。
村長からと、元教祖から、そしてユリアンさんの友人のエレーヌさんからだ。
「まったく、鮮やかな解決手腕でしたな。神の化身にして名探偵、と言ったところですかな」
呵呵大笑する教授に、僕は苦笑いで応じるしかない。
教授は社会的地位の高い成功者だけど、人間として、嫌な人ではない。ユリアンさんもそうだし、“女神の涙”の元教祖もそうだった。
姉弟子もリックも、マネージャーもだ。
この、持てる者への苦手意識はきっと、僕がどれだけ成り上がっても消えることはないんだとも、思う。
でもまぁ、個人的によく知り合えば、そんなものは乗り越えられるのも、経験上知っている。
「まぁ、推理と呼べるようなことはしてませんけどね」
御礼状を開いて、ざっくりと目を通す。
お礼の言葉や何かが、それぞれに綴られていた。
僕と教授は茶飲み話に、本当に推理と呼べるようなことはしていない、事件発生後の顛末を語り始めた。
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