24.事件が解決した時の話

 宗教法人・女神の涙、総本山。

 僕と教授、村長、村長の息子のユリアンさんがそこを訪れた日に、その事件は起こった。

 シャルル司祭の案内で教団本部の施設を見学し、教祖の部屋で話をしていたまさにその時だ。

 突然施設内に響いた悲鳴。慌てて駆けつけた僕達部外者組と、シャルル司祭、教祖の六人の目の前にあったのは、床に倒れて意識を失ったモンタン司教だった。


 悲鳴の主は、今朝方僕と教授が広場の脇で手持ち無沙汰にしていた時、親切に話し掛けてくれたおじいさん……名前は確かノエルさんだ。


「モンタン司教がいた部屋の中で突然何かが倒れるような音がして、中を覗き込んだら司教が……!」

「お、落ち着いてください、落ち着いて!」


 動転して縋りつくノエルさんを、教祖は自身も混乱しつつも、背中を叩いて宥める。


「呼吸が止まっている……脈もない。残念ですが、これはもう」


 屈み込んだシャルル司祭がゆっくりと首を横に振った。

 それを見ながら、同じく隣にしゃがんだユリアンさんが口元に拳を当て、何事か思案しながら、こう呟いた。


「体温から見るに倒れたのはつい先程、外傷もなく争った様子もないし周囲に鈍器となるようなものもなく床は滑りやすい素材でもないようだから死因は病死かな、でも今朝方擦れ違った時の様子ではそれほど重い病に犯されているようでもなかったし、室温も適正で空気にも異常は感じないから突発性の心臓発作という可能性も低いしやはり教授のお考え通りこれは毒による症状、司教は司祭の話によれば毒属性のはずだけど毒属性とはそもそも地火属性の複合であって、熱と金属が何かの反応を起こすわけではなく、単にSPUの制限により鉱毒を生む以外のことが出来ない属性の所持者だから生物毒への耐性は一切ないし、教授も一目でそれに気付いていたから司教の口元についていた何かの粉を舐めたんだろうな」

「左様」


 教授が相槌を打つ。

 いや。サラッと相槌を打たれても。


 ユリアンさんは教授に頷き返し、僕達を見渡してから再び口を開いた。


「教授は先ほど非金属物質である菜箸を出していたことからも当然お判りの通り水属性所持者だから生物毒には耐性があるし、舐めることで何らかの毒が含まれていることは判るはず、となるとすぐに研究室で解析して解毒剤を作る必要があるのだろうけれど、これは恐らく何の毒も検出されない、何故ならこの施設はその治療能力の是非はともかく病状の診断と毒物の解析については一流といっても過言でないことは見学の中でわかっていたし、毒が検出されてしまっては解毒剤が作られる可能性があり殺害方法としては非確実だから、これは恐らく霧消ぎりぎりのタイミングで被害者が飲むように調整された魔法による生物毒なのだろうけれど、毒属性では生物毒は作れないし、非金属は水属性の領分のはず、とはいえ水属性にも現在判明している毒の生成魔法などないし理論上不可能だろうと言われているけれど、そうか、水属性で作り出した物質を調合して作ることは可能だな、なので調合室には魔法により生み出された仮定物質が霧消した後の、何の成分も含まれていない調合器具があるはずだけれど、この施設で作られている希毒剤はもともと検査では何の成分も検出できないのでそんなものがあっても不自然ではないのか、といってもそんな調合を行うには調合室の施設が必要になるだろうから、犯人は自身がその部屋に入ったという事実から怪しまれても困る、つまり普段から調合室に入らない人間がそこに入るのでは怪しまれるし、かといって普段から当たり前のように調合室を使う限られた人間だけが調合室を使用していたということがわかっても犯人が絞られる、ということは、調合室自体には普段から誰でも入れるようになっていたのでは?」

「その通りです」


 教祖が頷き返す。


 いやいや。


 そりゃね。「いたのでは?」と聞かれて、その通りだったら「その通りです」と返すのは別におかしなことじゃないんだけど、そこまでの質問の過程がおかしいでしょ。

 何なのこれ。何でサラッと受け入れてるの。

 それとも僕がおかしいの?


 村長の方を見ると、「まーた始まったでごんす」と左右に首を振って、廊下の方へ出て行ってしまった。

 その反応もどうかとは思うのだけれど。


 ユリアンさんは更に続ける。


「魔法で作り出した仮定物質が完全に霧消するまでの時間は世界最長記録で十八時間、生成する物質の中でも霧消までの時間が比較的長い物質なら平均で十二時間、それなら何度か霧消するまでのタイミングを実験して正確に計測し、昨日の晩から誰もいないタイミングで調合室に入って魔法で材料を作り出して毒物を調合、いつもこの時間に何か口にするものがあったのでは?」

「え? あ、わ、私ですか? 司教はいつも、食前三十分前に糖尿病の希毒剤を」


 思ったよりは短い台詞で投げられた質問に戸惑いながらも、ノエルさんが答える。


 そうだよね、せめてこれくらいの反応だよね、と僕は安堵の息をついた。


 ユリアンさんもその返答に、満足そうに頷く。


「やはりそうですか、恐らくそれに混入したのでしょうが、わざわざタイミングを計っていたならこの時間にも意味があるはずだけれど、今回の視察の件は予めわかっていたはずだから、これは部外者の目をアリバイ作りに利用するためだったと思われるし、となるとそのアリバイ作りが意味を成すのは事件発生の瞬間に視察団と共にいた教祖かシャルル司祭、そのどちらかが自分が犯人ではないと主張する目的か、もしくはそのどちらかをかばおうという考えがあったか、でなければその双方ということになりますが、実際に視察団の行動を誘導し、時間を操作できる人物は一人しかいませんし、そもそも毒属性の相手にわざわざ毒を使った犯行というのは恐らく、毒属性への妬み、通常の社会ではまずあり得ないその妬みは毒属性を持たないがゆえに教団内で権力を得られない教団内部の人間になら現実となりえますし、先程蟹やウニを使って教祖が送ってきたメッセージと照らし合わせても、これらの状況から犯人として考えられるのは、シャルル司祭! 貴方ですね!」


 自信満々に指を差すユリアンさん。


「えっ、えっ、あ、いや、違います! 違いますよ! そうだ、証拠がないじゃないですか!」


 シャルル司祭は混乱しつつも反論する。

 証拠うんぬんの問題より、台詞が長いことの方に突っ込んだ方がいいと思うんだけど。

 横目にノエルさんを見ると、相手も困惑顔で頷き返してきた。


 しかし、教授とユリアンさん、そして教祖の中でも、もうこの事件は解決したものということになっているらしい。


「シャルル司祭。素直に罪を認めてください」


 慈愛の目線が凶器に見える。


 どうにかシャルル司祭をこの状況から救ってあげられないものかな。


 僕は部屋をぐるりと見回し、モンタン司教の死体の上で――あれ。


 これ死体じゃないけど。生きてるじゃん。


 透視スキャンリーディングでオーラとアカシャを見た感じ、あと数分で死ぬ運命だというのは、まぁそうみたいだ。呼吸も心臓も止まってるらしいし。

 オーラの感じから考えると、この辺のアカシャをちょちょいっといじると、息を吹き返す感じかなぁ。

 あーすごいな。これ面白い。“女神の涙”の治療法って結構使えるかも知れない。


 なら、これでいけるのかな。


 シャルル司祭の弁明と、それを優しく諭す教祖、教授、ユリアンさんの声を遠くに聞きながら、僕は聖灰を創造してゆく。

 普段の何も考えずに創り出すそれではなくて、より緻密に、精確に組み立てる感じ。

 司教に内在する現在、過去、未来を読み、その司教のアカシャについて「これから息を吹き返す」ように操作するために適切なアカシャ、を持つ聖灰を、調合する。


 出来た。

 これを口に入れてやれば。


「……げほっ、げぇほっ、ぐほっ……!」


 ほら治った。すっごい咽てるけど。


 ノエルさんの驚きの声に、半泣きで追い詰められていたシャルル司祭と、それを追い詰めていた三人がこちらを振り返った。


 その後、モンタン司教の証言により、今朝方シャルル司祭から希毒剤を受け取っていたことが判明。その段でシャルル司祭は素直に罪を認めることと相成った。

 殺害方法や動機は全て、ユリアンさんの妄言の通りだったらしい。


「どうですか、アンセット先生。彼は優秀な青年でしょう」


 教授が満足げに僕へ笑いかける。

 僕は曖昧に笑い返した。



 その後、僕は折角だからと、教団の信者や縁者の病気を聖灰治療で治して回った。聖灰の新しい使い方が面白かったってのも確かにあるんだけれど、教祖や司教に強く頼まれたからというのもある。

 教団の偉い人のお隅付きがあるわけだから、教団員は疑うこともなく、その治療を受け入れた。


 後から教授伝いに聞いた話では、僕達がルルド村を去ったすぐ後に、“女神の涙”は“真なる神を祀る会”に名称変更されたという。

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