17.テレビ出演の反省会をした話

 テレビ出演の反響は絶大だった。


 僕の知名度は爆発的に上昇。

 街中を歩いていても、「あ、ジャスミンの化身だ!」と顔を指されるほどだ。

 でもね、ジャスミンの化身じゃないんだよ。それ正体ただの花でしょ。メルヘンだなぁ。


 知名度が上がれば信者も増えたかといえば、まぁそんなことはない。


 そりゃそうだ。強力消臭剤なんかを信仰するのは、酒とタバコの臭いの染み付いたアパートを引き払う際に、敷金をクリーニング代に持っていかれそうになった大学生くらいのものだろう。

 その部屋を根城にしていた友人・後輩、計七名が、各々十個ずつ購入したお部屋の消臭剤(総計二万五千円くらい)により、無事、家賃一ヶ月分の四万七千円が返還されたのである。

 なおその泡銭は、調子に乗った借主氏の計らいで、その晩の飲み代に飛んだ。


 とはいえ、番組中では一応、物質化や透視リーディングも見せていたので、そちらの問い合わせも来ているのは、いる。

 透視に来る人が大体、月間で五人くらい増えた感じかなぁ。

 透視自体は無償なんだけど、何か諸々で、それなりにお金がかかったりするらしいしね。いや、僕とは全然無関係な話なんだけど。


「まあ、今回は試合に負けて、勝負は引き分けって所かな」


 僕は手品の師匠、ミスター・サバキの事務所で、先日の奇跡検証番組の反省会に参加していた。

 反省会と言っても、参加者は身内だけ。師匠と、師匠の娘である姉弟子と、僕のマネージャーの四人。

 駄菓子と麦茶を囲んでの、雑談の集いみたいなものだ。

 なお、マネージャーは現在、花を摘むという名目で席を外している。


「別に師匠と勝負する気はなかったんですけどねぇ」

「局から話が来た時は笑いをこらえるのに必死だったけど、師匠が弟子の行く道に立ち塞がるって、ロマンだろう?」


 だろう、と言われてもなぁ。他人事だったらロマンなんだけど。

 僕は溜息と共にチーズおかきの個包装を解いて、口に放り込んだ。


「お父様はとにかく難癖付けて、アンセットさんに偽化身のレッテルを貼りたかっただけでしたよね」


 姉弟子、ミシェル=ヴァレリーが横目で師匠を睨む。


 番組関係者は、僕がミスター・サバキに繋がりがあることは知らなかったようだ。僕らが師弟関係にあると知っていたら、八百長を警戒して、絶対にこんな話は持って来なかっただろう。実際は、身内だからこそ全力で潰しにかかって来たんだけどな。


 師弟関係の話は番組終了後に局の人にも話したし、師匠もこの数日の公演やテレビ出演でトークのネタにしているらしいので、後からスキャンダルになる可能性も低い……とは思うのだけれど。


「元自称・神の化身の手品師。掴みも強いし、悪くない肩書きだと思うけどね」

「良い肩書きではないですよね」

「まぁそうだね」


 素直。


「第一、練習不足のアンセットさんが今更手品師に転向したって、高が知れていましたよ」

「酷いこというなぁ。確かに最近は、こっちに来る頻度も減ったけどさ」

「それなら、テレビ出演の準備期間も、手品の練習はちゃんとしていましたか?」


 確かに、テレビの話が決まってからは、週に一度の事務所通いも控えていた。

 こちらの手の内がバレても困るし、何より癒着を疑われるのも何だしなぁ。

 でも、僕だってサボっていたわけではないんだよ。


「手先の練習はしてたよ。占いの合間とか、自分の部屋にいる時とかも」

「では、これをどうぞ」


 と、姉弟子は個包装を解いたチーズおかきを一枚手渡してくる。


「ええっ、これで……?」

「抜き打ちに対応できなかったら、三流以下です!」


 うぅん、と唸って、チーズおかきを受け取った。

 視界の隅の一流手品師が、その娘の見えない角度で片手だけを動かし、何かを仕込んでいるのが見える。


 僕はとりあえずコインロールの要領で、チーズおかきを拳の四本指上にくるくる往復させながら、その重さや堅さを計った。

 弾くとか跳ばすとかは、空気抵抗や強度的にも無理そうだよねぇ。


 僕はひとまず掌で「消し」て、耳の後ろから「出し」て、口に「入れ」たものをアーモンド付きのチーズおかきに「変え」て、手でこすってアーモンドを「消し」て、息を吹きかけておかきを二枚に「増やし」、どうしたものかと考える。

 いや、急に言われても、何も思いつかないんだけど。ロールクッキー貫通でもさせればいいの? 多分すっごい粉落ちるよ?


「え、何それすごい。奇跡?」


 気付けば、花を摘み終えて部屋に戻ってきたマネージャーが立ったまま、まじまじとこちらを眺めていた。

 化身業務のマネージャーであるレイン=ミューリは、手品には疎い。僕も家や学校ではあんまり人に見せないしね。


「一応、手品だよ。初歩の初歩だけど」


 手の中から無限に湧き出るチーズおかきを口に運びつつ答える。


「お客さんが楽しんでくれたなら、それで合格だね」


 師匠の言葉に姉弟子も頷き、僕は安堵して、チーズおかきをまとめて口に放り込んだ。



 師匠親子とマネージャーは初対面ながら、終始和やかに会話を進めていた。

 そもそも師匠は人心掌握も含めた人付き合いのプロだし、レインも互いの話を適切に引き出し、相手の感情の揺れにリアルタイムで対応できる、真のコミュニケーション強者だ。

 姉弟子は手品関係でない人間にはほとんど興味を持たず、表面上の付き合いで逃れようとするタイプではあるけれど、レインの話には年相応の笑顔で相槌を打ったりもしているように見える。


「やはりアンセットさんは、手品師の道は諦めたのですね」

「諦めたっていうか、本業にはできないんだよ。僕はあくまで神の化身だから」

「神の化身って職業なのかしら。国勢調査で何て書くのよ? 宗教家?」

「私は、神の化身が手品をしたって、良かったと思うのですよ」

「手品師としても箔が付くわよねぇ」

「君達は僕をどうしたいんだよ……」


 仲が良いのは、良いことだと思うけれど。


「それではアンセット君。今後の化身活動は、どういう方向性で行くつもりなのかな?」


 師匠は一人、缶ビールを片手に、いささか酔いが回ってきているようだった。


「ああそう、それなんですけど、そう、サニー」

「え、どれ。方向性の話?」

「そうそう。今回、上手く信者を増やせなかった理由って、解ってる?」


 ん。演出は派手だったけど、奇跡が地味だったからじゃないの。


「消臭剤だったから?」

「それもあるけど、違うわよ。客層よ、客層」

「客層?」


 僕はレインの言葉に、鸚鵡返しで首を傾げた。

 首を傾げるとインコ返しっぽいな、なんてどうでも良いことを考える。


「奇跡検証番組なんか見るのは、そもそも神様なんて信じてない連中なのよ」

「そうだね、レインも信じてないしね」

「私やお父様は信じていましたよ」

「私は信じた上で、偽者として貶めるつもりだったんだけどね」

「だからね」


 レインはコミュニケーション強者であるが故、必要とあらば、いかなる茶々入れの中にあっても、自分の意見や主張を最後まで伝えきることができるのだ。

 これは稀有な才能であると、僕は思う。


「元々神様だかを信じてて、宗教に傾倒してる連中を、まとめて取り込んじゃえば良いってわけ」


 そう言って、ふふん、と鼻を鳴らして見せた。

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