15.テレビの人と打ち合わせをした時の話
「もっとこう、両手両足を縛られた状態で棺に閉じ込められた上から鎖でぐるぐる巻きにされたままクレーンに吊るされた所に火をかけられ最終的には爆破されるけど炎の中から無傷で出てくる、みたいな派手なのお願いしますよぉ」
「無理です」
僕はにべもなく、その提案をはね除ける。
頭を抱えたくなるのを必死で内心に押し止め、悠然とした態度を取り繕う。
やっぱり断るべきだった。僕は次々投げられるテレビの人の無茶ぶりに「無理です」と機械的に繰返しつつ、何らかの打開策か妥協点を求め、この日の打合せを最初から振り返ることにした。
テレビの人との打合せは、テレビ局内部の一室で行われた。
僕はいつのまにかマネージャーになっていた幼馴染みのレインと二人、通された個室で、白テーブルに肘を付き、パイプ椅子に腰掛けていた。
僕らをここまで案内した目力の弱いお兄さんは案内が終わるなり、そそくさと退室してしまった。
「いい? 舐められたら負けよ」
閉まったままのドアを睨み付けながら、レインが言う。
「何の負けだよ」
「勝負は既に始まってんのよ」
まあそれは確かに、そうなんだろうけれど。
待つこと五分しばし、ドアノブの捻られる音が部屋に響く。
僕らは姿勢を正して、身構える。
ドアを開いて入ってきたのは、猫背で濃い隈の出た、目付きの悪い女の人だった。
顔のパーツ自体は整っているし、服装も小綺麗なのだけれど、何だこの威圧感は。
顔の上半分は世の中の全てを憎悪し、その視線であらゆる生命を焼き殺そうとでもしているかのような、邪悪な顔付きなんだけど、顔の下半分は、世の中の全てを嘲り、炎に巻かれ焼け死んで行く生命を見て愉悦に浸っているかのような、邪悪な顔付きだ。
邪悪だ。何だこの人やばいぞ。怖い。
「やぁどうもどうもぉ。お待たせして申し訳なかったですねぇ」
表情が怖い上に、声までねっとりと耳に絡み付くようで、背筋がぞわぞわする。
この人ちょっと僕無理だわ、とレインに視線で助けを求める、も、駄目。全然気付かないよ。
「初めまして、当番組ディレクターのぉ、ハリエット=ハンターです。マネージャーさんはお念話ぶりですねぇ」
「直接お会いするのは初めてですね。本日は宜しくお願いします」
レインは普通に対応しているようだけど、この異様な雰囲気を感じているのは、僕だけなんだろうか。
「宜しくお願いします、僕が神の化身です」
どうにかそれだけ、表情を崩さずに答えることができた。
いや、完全に不合格な自己紹介なんだけどな。
「大筋はマネージャーさんとのお話で決まった通りなんですがぁ、番組で起こして頂く奇跡の内容を詰めていきたいんですよぉ」
ハンターさんはそんな僕の回答をスルーし、一気に本題へと話を移行する。
これは相手に舐められているのか、単純にハンターさんがそういう人なのか、それとも、テレビの人全体の傾向がこういうものなのか。
僕の内心の落ち着かなさを見抜かれて、早々に話を終わらせようとしてくれている……ってことはないか。面倒臭い相手だから長く話していたくない、ってのはあるかもしれないね。
僕だって自己紹介で名前も名乗らず神の化身とか言い出す奴なんて、相手したくないもん。
「アンセットさん、生放送時間内で死人を甦らせるとか、どうですかねぇ?」
「は?」
何言ってんのこの人。
「今回ですねぇ、そのためだけに『死にたいゲロゲロ!』のラナ=モンディも呼んでるんですよぉ。持ちギャグやったら本当に死んだとか、超面白いじゃないですかぁ」
全然面白くないよ。
いや、あの芸人のギャグの話じゃなくて、まぁあれも確かに全然面白くないんだけど、うーん、いや、そんなことより、
「死者の蘇生なんて、できませんよ」
ここだ、ここ。僕の出来るのは物質化と
レインはその辺ちゃんと伝えてないの?
いきなり目の前で人の首落として「繋げて見せよ」とか言われても、ただの残虐殺戮ショー、終わり、だよ?
「そうですかぁ、なら仕方ないですねぇ」
すると、あっさり引いてくれるハンターさん。
目の下の隈を指先で叩きながら、何事か思案し、少しして再び口を開いた。
「ではぁ、アンセットさんが番組中に死んで、三日後に甦るというのはぁ?」
「無理です」
即答した。
「無理なら仕方ないですねぇ」
「魔法を使わずに宝石や神像を造り出すとか、相手の過去や未来を読み取るとか、そういうのが僕の専門なんですよ」
無駄な人死にを出さないためにも、それだけは、はっきりと伝えておかねばなるまい。
ジャスミンは、テレビじゃ伝わんないしねぇ。
「スペシャル組む割りには、あんまり絵面的に映えそうにないですねぇ」
「うっ、そ、それはまぁ」
普段の布教活動でも結構気にしているとこをつくなぁ。
なんて少し怯んでしまった所に投げられたのが、冒頭の提案だった。
「奇跡は人を救うための物で、派手さは二の次ですから」
レインが適当なことを言って誤魔化してはくれたけれど、ハンターさんは納得していない様子だ。
「ですがねぇ、物を出すだけなら魔法でもできますしぃ、予言なんて番組中に結果も出ませんしねぇ」
耳の痒くなるような声で、またも僕の気にしていたことを指摘する。
そうなんだよなぁ。一応、物質化も「魔法と違って、生成物が消えずに残る」って特徴はあるんだけど、これもやっぱり、完全に証明しようとすると、結構時間かかるしね。「出しました!」の瞬間ならまだしも、「消えませんでした!」なんて、地味ってレベルじゃないし。
「他に何かぁ、持ちネタとかないんですかねぇ?」
「まぁ、ないことはないですけど」
ないことはない、ってレベルだけど。
「えぇー、出し惜しみしないで下さいよぉ」
「でも、本当に使い道のない奇跡なんですけど」
「言うだけならタダじゃないですかぁ」
「はぁ、じゃ、まぁ言いますけど」
ふとレインに目をやると、完全に目を逸らせていた。
こいつ。
ハンターさんに目を戻す。ギラギラした目付きで、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていた。顔が怖い。
僕は腹を括って、告げた。
「体臭や持ち物がジャスミンの香りになるんです」
ポカーン、と目口を開いて、ハンターさんが固まる。
あ、こんな表情だとあんまり怖くないな。これが奇跡の力か。
まさかジャスミンの香りにこんな効果があったとはねぇ。
僕が一人で自分の中の奇跡に感謝を捧げていると、ハンターさんは、再びギラギラニヤニヤした顔付きに戻り――こんなことを言い出した。
「いいじゃないですかぁ、それぇ。絵になりますよぉ、それで行きましょぉ」
今度は、僕とレインが固まる番だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます