14.奇跡の証明の話

「現代社会で神の奇跡を認めさせることは、ほぼ不可能と言って良いんだ」


 僕の手品の師匠、凄腕有名イケメン手品師のミスター・サバキが、僕に最初に教えてくれたことである。


 かつて、神の化身としてテレビで売っていた男が、今回僕が出演するのと同じような、証明番組に出たことがある。

 僕は当時、幼稚園児だったから、そんな話はまったく記憶にない。母辺りに聞けば覚えているかも知れないけど、まぁそれはいいんだ。


 番組には著名な魔法学者、魔法技士、魔道具技士、コメンテーター、芸人、バラドル、そして手品師が揃っており、その奇跡の“トリック”を解き明かそうとしていた。


 番組中でその手品師が実践したのは、物質化。掌から宝石を生み出す、神の化身としては比較的スタンダードな奇跡だ。

 物質生成自体は地属性や水属性を鍛えれば実現可能なんだけれど、魔力によって作られた物質は、時間が経つと蒸発ないし昇華して、消え去ってしまう。

 奇跡による生成物はその点、普通に物として残り続けるんだけど、その辺は現代魔法学の常識外の話だから、たぶん普通の人は気にしないというか、そんな事態を想像すらしないんだろう。

 重要なのは、魔法の行使には、相応の手順や道具が必要だ、ということだ。そして、魔法でなければ奇跡である、と。


 化身を名乗る手品師は呪文も唱えていなかったし、客席やスタッフにも協力者はいなかった。

 ごく小さな音でも広いだせる高性能拡声魔法も使われていたので、詠唱がなかったことは確実。

 服や持ち物、全身の肌や歯にも、魔法陣の類いは存在しないことは確認済み。即席で描いた様子もない。

 光魔法による放射線撮影で体内の様子も見たけれど、魔道具に必須の金属部品も見つからない。

 会場は陸地から数キロ離れた海を高速で航行するクルーザーの上で、都市単位の巨大陣も設置はできないし、地脈による特異点などもない。

 カメラは四方八方、手元や足下、俯瞰に鳥瞰、火属性による熱感知、光属性によるリアルタイム放射線撮影までをきっちり押さえている。



 そんな状況下で、確かに、男の掌からは、拳大のオパールが現れた。



 手品師は真面目腐った顔で、


「予め用意していた宝石を何処かに隠し持っていたとか、我々の死角で特殊な装置を使ったということはないようですね」


 と唸って見せた。


 魔法技士は、


「彼は確かに詠唱も陣も使用していないように見えたし、外部から彼へ向かう魔力の流れも検知できなかった」


 と首を捻った。


 魔道具技士は、


「金属がねえなら魔道具もねえよ」


 と完全にお手上げ状態。


 コメンテーターは途中で何度も中断をさせて手の中や服の中を確認したり、茶々を入れたりしていたが、何も発見することはできず、憎々しげな捨て台詞を吐いた。

 芸人とバラドルは大袈裟に驚き、騒ぎ回った。


 そして、魔法学者はこう言った。


「トリックがわかりました。準備に時間が掛かりますが、後日再現してみせましょう」


 そしてその二週間後、テレビ局内の特設会場で、見事宝石を出して見せたのだ。

 それは自称・神の化身が出したオパールよりは随分小振りなものだったが、確かに、詠唱も陣も魔道具も使わずに、それをやってのけた。


 学者氏の解説によれば、大規模な魔道具(大体乗用車一台くらいのサイズ)を周囲三ヶ所に設置し、生成位置指定を掌に集中させ、干渉させることでごく遠方からのピンポイント物質生成を実現したのだ、とのこと。

 海上移動中のクルーザーに乗った人間に対しても、理論上、より大規模な魔道具を用い、訓練を積んだオペレーターが揃えば、狙い撃ちは可能だという。


 かくして化身は偽者だと「証明」された――のだけれど、面白いのはその後だ。


 化身が、週刊誌で“手品”のネタバラシをしたのである。


 そのトリックとは、なかなかに体を張ったものだった。

 まず、外科手術をもって掌の骨を割る。この時点で意味がわからない。

 その上で、骨の中に宝石生成の魔法陣を刻み、骨を閉じて、蓋をする。

 後は、陣に魔力を注げば、魔法が発動する。


 偽化身は資料として、手術の証明書や術中の写真も提出した。要するに、初めからこのネタバラシまでを、ショーとして仕込んでいたわけだ。勿論、テレビ局には内緒で。


 偽化身の偽奇跡は、確かに単なる手品だった。

 手品は手品だったんだけど、その種として提示された「証明」とは、まったく違う種による手品だった。


「つまり、本物の奇跡だって、学者の手によれば種を捏造されてしまうってことさ。だから、そんな連中に目を付けられないよう、初めから手品師として売った方が絶対に良いと思うけどね」

「いえ、でも、そうできない訳がありまして……」


 神の化身とは、神の力を神に代わって振るう、奇跡の代行者、信仰獲得のための装置なのだ。

 奇跡は神への信仰を集めるために与えられた力なのだから、それが「神の奇跡」であることを隠してはならないし、それが人間としての化身本人の力であるように振舞ってはならない。

 でなければ、化身は神の裁きを受けて生きたまま八つ裂きとなり、死後も地獄の最下層で罰を受け続けることになる。


 隣で一緒に話を聞いていた姉弟子、ミスター・サバキの愛娘であり、手品の英才教育を受けて育った少女、ミシェル=ヴァレリーは、この話を聞いて、こてん、と首を傾げていた。


「手品師の方は、この種もわかってたんじゃありませんか?」

「そりゃまぁ、地属性で、魔法陣もカメラに映ってないなら、推測は立っただろうね」


 師匠はあっさり頷く。


「師匠、それならどうして指摘しなかったんでしょう? 偽化身とグルだったんですか?」


 僕は眉をしかめる。ヤラセは演出だと思うけれど、事が神の化身の話となると、ちょっと頂けない。偽物の神の化身が幅を利かせ始めると、本物の神の化身が迷惑を被るのだ。


「シェリーは解るだろう?」

「他の人の考えた種を聞きたかったから、でしたか」

「まあ、そういうことだろうね。何せ、その場には、最先端の専門家が三人もいたんだから」


 おおう、と、絶句する。

 まぁ事実、お陰で、思いもよらないトリックの実演を見ることができたわけだ。そういう考え方も、あるんだなぁ。


 などと考えていたら。


「私なら、こういう方法も考えるね」


 師匠は爽やかな笑顔を浮かべつつ、掌に小さな宝石を生み出していた。


「ええええっ、何ですかそれ! 師匠も手術してたんですか!?」

「してないよ。シェリーはわかる?」

「……さっきの会話の中に埋め込まれた詠唱もないし、魔法陣や魔道具……では、ないですよね?」

「違うね。アンセット君も考えてごらん」

「魔法陣でも、魔道具でもなくて、隠し持っていたならミシェルねえさんが思い至らないこともないだろうし……」

「アンセットさん。姐さんはやめてくださいと言いましたよね」

「あ、ごめん、それより師匠のトリックを……あれ、師匠?」


 気付けば、師匠は俯いて、肩で息をしていた。


「はぁ、はぁ……これは……ヒント、だよ……」


 死にそうな顔をしていても、イケメンはイケメンだ。

 というか、何故また急に、こんな状態に。


「極度の疲労……魔力の過剰消費? 小さな宝石を出す程度の詠唱でそこまでの消費となると……遅延発動……あっ! 処理落ち遅延でしたか!」

「はい、シェリー……はぁ、正解……回数指定を、今回は六万五千五百三十六回分重ねて、砂粒を出して消す処理を挟んだ後に、この宝石を、出したわけだね」

「え、じゃあ詠唱のタイミングは……この部屋に入る前ですか?」

「はい、アンセット君正解……これきついね。二度とやらないよ」


 それだけ言って、師匠は魔力切れになり、昏倒した。


***


 化身活動が忙しくなってからは、以前のように毎日師匠の事務所へ通うことも出来なくなったけれど、週に一度は顔を出している。


 そんな師匠、ミスター・サバキがね。

 今回僕が出演する奇跡証明番組、『奇跡・オア・ノット ~年商X億!?自称・神の化身、疑惑の占い師の正体が今宵明らかに!!~』における、解析&証明班のね。

 手品師枠、なんだよね。


 師匠なら、僕の手持ちの奇跡くらい、簡単に種を捏造することが出来るだろうし、そのことに躊躇もないだろう。

 手加減してくれるように頼んだら、「我が弟子を手品師にするためには手段を選ばない。神の化身としては失脚してもらおう」なんて答えが返ってきた。


 いや師匠、そんなことになったら、僕、八つ裂きにされて地獄行きなんですけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る