11.他人の過去や未来を読み取る能力に目覚めた話

 素直さは人の美徳ではない。

 しかしそれは、人の美点ではある。


「君は小さな頃、大きな怪我か病気をしたことがあるね」

「あー、おう、あるぞ」

「その時、両親か、祖父母か、それに近い保護者のような人が、大事に世話をしてくれたんじゃないかな」

「そうだな。ばあちゃんがずっと付いててくれたんだ」

「今の君があるのは、そのお祖母さんのお陰なんだよ」

「そうなんか……ばあちゃんに感謝しねぇとな」


 自分で告げていてすら「大体みんな怪我か病気くらいするだろ」「保護者の範囲超広いな」等の否定的指摘を入れたくなる透視スキャン結果を、重大事のように受け止める。

 我が友人、リックことパトリック=リカルド=ディックは、大変素直な少年だった。こいつマジで大丈夫なのかなって思うくらいのだ。



 僕、イーサン=アンセットは神の化身である。


 神の化身ではあるんだけど、その事実は、学校の中ではあまり知られていない。僕と、幼馴染みのレインと、リックくらいしかいない。何故か。何故かも糞もないな。僕が他の人には言ってないからだ。

 この地上における神の化身の目的は、真なる神への信仰を集めることであり、そのためには可能な限り多くの神の子らに、神の威光を知らしめなきゃならない。具体的には、奇跡の力を見せて、畏敬の念を受けなきゃなんない。

 そのために僕は、まあまあそこそこの努力をしている。最近は師匠の手品師としての営業に付いていったり、師匠監修の下、駅前でゲリラ手品や辻奇跡を見せて、信者獲得を目指してはいるのだ。

 結果はあまり芳しくもないけれど、酔っ払いのサラリーマンや学生辺りには受けがいいし、ストリートミュージシャンの兄ちゃんとも仲良くなった。信者は一人も増えなかったけど。


 それでもだ。

 学校では、化身のことは明かす気なんてなかったのだ。

 ネット上ですげー声作ってハイテンションでゲーム実況なんかしちゃって、それなりにファンもついて、実況者同士でゲームとか全然関係ない雑談生とかしちゃってた横井くんだって、高校ではそんな話、一言もしなかったのだ。

 ひょんなことから明るみに出た話が学内掲示板に晒されて、


「あっ、超☆捻転先生じゃないッスか!」

「超☆捻転さん、ドッシェーってやってくださいよ! あの超面白鉄板ギャグの、ドッシェー!」


 等とからかわれるようになった際、超☆捻転先生こと横井くんはこう言った。


「だから言いたくなかったんだよ糞が糞糞糞糞お前らみんな死ね死ね死ね高校生にもなってそんなことしか出来ねーのかよ馬鹿じゃねーのお前ら生きてる価値ないわ死ね死ね死ね死ね死ね」


 と。

 いや、前世の話なんだけどさ。


 当時は「こいつ語彙力ないなぁ」としか思わなかったのだけれど、今になって、横井くんの気持ちがよくわかる。


 僕の正体を知っている(が、欠片も信じていない)レインがそれを言い触らさないのは、周囲の友人達に「頭がおかしい幼馴染みがいるちょっとヤバい子」認定されるのを恐れてのことだろう。僕が周囲の友人達に「頭がおかしいかなりヤバい子」認定されるのを哀れに思って、ということもあるかもしれないね。逆の立場なら僕だってそうする。


 そんな僕が、何故、リックには自分が神の化身であることをバラしてしまったのかと言えば、まあ、あれだ。

 訊かれたからだ。


 以下は、僕が姉弟子と買い物に行き、それをリックに目撃された翌日の会話である。


「昨日の子って、バイト先の先輩なんだっけ? 何のバイトなんだ?」

「バイトって言うか、手品のね」

「何だそら」

「プロの手品師に弟子入りしたんだよ」

「え、マジで? すげえじゃん、テレビとか出てる人?」

「ミスター・サバキって知ってる?」

「あの、ミスタアー! サーバキイー! って言って鳩出す!?」

「それ言うのはナレーションの人だけどね」

「マジかよすげぇな、プロじゃん。何で?」

「何でって?」

「何で弟子入り?」

「僕、神の化身なんだけどさ、信仰集めるためにちょっとね」

「え、アンジー神の化身なの? すげぇな」

「良かったら信仰してくれない?」

「わかった」

「お、おう」


 以上である。


 神の化身が受けた呪いの一つに、自分が神の化身であることを偽れないとか、質問の答えに無意識で「神の化身だから」と答えてしまうとか、そういうロクでもないのがあるんだけど、まぁそれはいいんだよ。良くはないんだけど。

 あっさり流しすぎじゃないの。しかもこれ、ボケに乗ったとかそういう話じゃなくて、本気で信じてるんだよね。

 何せ、その直後、信者の増加によって新たな奇跡の力に目覚めたのだから。



 透視スキャン。それが新しい奇跡の名だ。

 透視といっても、鉛で密封された紙に書かれた文字を読むとか、他人の服を透かして見るとか、そういう奴ではない。

 神の奇跡たる透視リーディング能力は、人の体内のオーラやアカシャを読み取ることで、その人が過去に経験した出来事や、これからの未来に経験する出来事を見通すことが出来る。

 と言われても、そんな曖昧な情報源で得られる情報なんか、「小さい頃に大きな怪我や病気をしたことがありますね?」レベルなんだけどね。


 そんなわけで、僕はリックと共に、奇跡の試し撃ちをしていたのだった。


「サニー、何またしょうもないことやってんの?」


 そこへ、僕が神の化身だと知っている(けど全く信じていない)もう一人、レインがやってきた。


「しょうもなくないよ。神の奇跡だよ」

「しょうもないことじゃん。ディック君を悪の道に引きずり込むのはやめなさいよ」

「悪の道じゃないよ、救いに至る唯一の道だよ」

「はいはい」


 レインは僕の隣の席につく。何を隠そう、ここは僕らの通う学校の、僕らの通う教室であり、現在は昼休みで、周囲に学食から戻ってきたクラスメイトがちらほらいる中で、こんな化身トークをしていたのである。最早隠すも糞もない。


「アンジーに昔のこと占ってもらってんだけど、百発百中なんだよ」

「へー、ちょっと私のも占ってよぅ」


 リックの言葉に興味をひかれたのか、レインは嬉々として、両掌を上に向けて机の上に乗せてきた。

 根拠のないステレオタイプだと思ってたけど、女の子って本当に占いとかが好きなんだね。でも、何で手相占いだと思ったの?


「それじゃ、今からレインの過去を言い当ててみせよう」

「ばっちきなさい!」


 指先に力を入れ、掌をピンと開く。

 まあ手相じゃないんだけどな。


 ふっ、と一息。意識を集中し、目に力を入れる。

 景色に薄ら赤いレイヤーがかかり、視界内の人間の体から、銀色の靄が浮かぶ。任意の箇所で拡大された無数のビジョンの中で、レインの体内を駆け巡る粒子が、その構成要素を情報として指し示す。


「貴女は……小さい頃に、大きな犬に追いかけられたことがありますね」


 あっ、すごい! 結構具体的!


「うん、それサニーも一緒に逃げた時だよね」

「そういやそんなのあったね」


 あったわ。


「……いや、他には?」

「比較的最近……この三年以内に、水辺で溺れかけたことがありますね?」

「それサニーが助けてくれたやつよね。他には?」

「家族は……両親と、兄が一人」

「今更だよね」


 ああ、駄目だこれ。本当に透視で読んでるんだけどな。自分でも信じらんないわ。

 過去視能力が幼馴染みに対して、ここまで相性の悪い奇跡だったとは。


「……レイン、まだやる?」

「うーん……やりたい?」


 この空気をどうしたもんか。

 そう、二人顔を付き合わせて悩んでいる所に。

 救いの声をかけたのは、思わぬ人物だった。


「アンジー、過去が駄目なら、未来を占ったらどうだ?」


 隣にいるのに「思わぬ人物」なんて感じてしまうって、僕はどれだけ友人リックを舐めていたのかと、ちょっとした自己嫌悪に苛まれた。

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