09.神の怒りに触れて八つ裂きにされた話
くどいようなのだけれど、僕、イーサン=アンセットは神の化身である。
前世において不運な死を迎えた僕は、世界の創造者である神に拾われて、異世界に転生した。
その転生の際に、「神の化身」という役割を与えられたんだけれど。
神の化身っていうと、神様自身が人間とか、亀とか、そういう物の姿をとった存在だと思っていたのだけれど、実の所はそういうわけでもない。
世間一般の認識ではそうなっているし、神の化身自身もそのように広めてはいるんだけど。
神の化身とは、自由に世界へ干渉することのできない神様が、神の奇跡の代行者として任命した存在のことなのだ。少なくとも僕はそうだ。神様じゃない。神様じゃないんだけど、神の化身を名乗らされている。
化身は人々に奇跡を見せ、神への信仰心を起こさせる。奇跡は私利私欲のために使ってはならず、あくまで信仰の獲得のためにのみ使う必要がある。またその際、奇跡の力はあくまで「神の奇跡」であることを隠してはならないし、それが化身本人の力であるように振舞ってはならない。
そのルールを破った場合、化身は神の裁きを受けて生きたまま八つ裂きとなり、死後も地獄の最下層で罰を受け続けることになるらしい。
また、積極的に布教の努力を行わなかった場合や、頑張っても結果が伴わなかった場合も、わりと酷い目に合う。
契約時にはそんな話は聞いてなかったし、クーリングオフをしようにも、転生前の記憶が戻ったのは転生してから十四年後のことだ。完全に期限切れ。まぁ、生後二週間でその事実を知ったとしても、どうせ契約解除なんかできなかっただろうとは思うけど……。
ルール自体も結構曖昧なもので、夕食の手伝いなんかに奇跡の力を使ったって、それは信仰獲得目的だと認められたりもするみたいだ。
ともかく。信仰を稼ぐための、神の奇跡のゴーストライター、それが神の化身なわけだ。
何故また改めてそんな話をしているのか、というとだね。
「やっべー! どうなってんのそれ、すっげー!」
「化身の兄ちゃん、マジ神だな!」
僕は現在、自宅近隣の公園にて、その辺の児童諸氏を集め、布教活動をしているのだ。
「どうだい、諸君。僕の力が判ったかな」
目を輝かせた少年少女らが僕の周りに集う。うんうん、小さい子供は素直で良いね。これなら、今までほぼ完全に停滞していた信者獲得も、案外楽に進むかも知れないな。
脚部にスプリングが付いたカバ状の遊具の上に広げていたトランプを束ね、一度何かかっこいい感じのシャッフルを決めてから、ケースに戻し、内ポケットに片付ける。
「化身のお兄ちゃん、何か他にも見せて!」
大体七才くらいかな、坊ちゃん刈りの少年が、僕にそんな提言を投げかけてきた。
うん。まずいな。
僕が今、姉弟子から人前で演るお墨付きを出されている手品って、今やったので全部なんだけど。
いやね、そりゃまあ僕も神の化身だし、奇跡の一つや二つは使えるんだよ。
でもなぁ。あれで信者が増えたことないんだよなぁ。つい先日弟子入りした手品師の下、というか正確にはその娘さんである姉弟子の下で覚えた手品の方が、こんなに受けがいいんだもんな。
「化身の兄ちゃん!」
「お兄ちゃん!」
しかし、この期待っぷりだ。ここで尻尾を巻いて逃げ出すのは、神の化身としても、手品師の端くれとしても、耐え難いものがある。
「あとは、今すぐできるのだと、あんまり面白いもんじゃないけど、それでも良いかな?」
大きな歓声と共に、その言葉は迎えられた。
僕は大きく深呼吸をして、右手の掌を空に向け、子供達の視線の下まで動かす。
少年少女の視線がそこへ集中する。
ゆっくりと、意識を統一する。奇跡を願う。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……たあっ!!」
僕の掌から、聖灰――万能の霊薬ともなり、味もまあまあ良いという、何か白っぽい粉――が、次々と湧き出てきた。
これが僕の第一の奇跡。
別にこんな気合も発声もいらないんだけど、黙ったままこの奇跡を起こしても、こう、地味なのだ。別に声出しても地味は地味だけどな。
僕は聖灰を出し続けながら、子供達の様子を窺う。
そこには、予想通りの表情を湛えた顔が並んでいた。
「何それ気持ち悪い」
「しょぼい」
「汚い」
そんな言葉を残し、風に散らされる聖灰と共に、子供達は散っていったのだ。
***
「それで、信仰を得られなかった反動で、カードがケースごと八つ裂きになったと」
「うん、そう。折角貰ったものなのに、ごめんね」
切断面が焦げたようにボロボロになったトランプの束を見せ、僕は目の前に立つ姉弟子たるミシェル=ヴァレリーの前で、正座をしていた。
この、信仰を得られなかった反動、という表現には、些かの語弊がある。
正確には、「奇跡が受け入れられなかった神様が拗ねてトランプに八つ当たりをした」というべきなのだけれど、それを言うと、僕と神様が一体の存在でないということを、自分から口にしてしまうようなものだ。そんなことをしたら、今度は僕自身が八つ裂きにされてしまうことだろう。
「まぁ、そうなったものはそうなったで、仕方ないことです」
姉弟子は溜息を付くと、僕に向けて手を差し伸べた。
素直にその手を取ると、立ち上がらせるように引っぱられる。素直に立ち上がる。
「では、新しいカードを買いに行きましょう」
そうして、その日は二人で連れ立って、近所のデパートへ買い物に行くことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます