08.神の化身が手品師に弟子入りした日の話
手品は「種を明かして喜ぶ」ためのものではない。「不思議な現象を楽しむ」ものだ。
観客が種を明かすことに躍起になって、途中で何度も中断させたり、同じネタを繰り返し要求したりするのは、舞台上の手品師どころか、他の観客にとっても気分が悪いことだろう。
手品なんて種があるのが前提なのだから、それを証明したって何の手柄にもならない。
だから、大抵の手品愛好家というものは、自身がその技を盗むための研究や、ショーとしての対決などの特殊な場合を除いて、基本的には単純にその現象を楽しむことを第一とする。
というのは事実ではあるのだけれど、一種、単なる建前であるとも言えてしまう。ある程度の基本を理解してしまうと、大抵の手品は初見で無意識にその種を見破れてしまうのだ。
例えば、「紙の上」に「ペンを走らせる」と「色が付く」ことが、何の驚きもなく納得できるのと同じように。
コインが消えたり、小鳥が現れたり、ノコギリで切断された人間が生きていたりする理由がわかってしまう。
もちろん、ペンで描いた文字の絵の巧さ、美しさに感動を覚えるのと同様に、熟達した手品には称賛を送る。素晴らしい手品をありがとう、愉快なショーをありがとう、と。
手品に於いて、すべての技術はありふれている。
新しいトリック、新しいテクノロジーを使おうが、現代の手品において、完全新作なんてものは基本的に存在しないのだ。
手品の基本は「隠す」「仕込む」「取り替える」「計算する」「肉体を鍛える」の五つ。
専用の道具を作ったり、技術を考案したり、観客に気付かれないような方法で魔法を使ったり、根性を入れたりする。何度も何度も反復し、試行し、毎回のステージで完璧な流れを作って見せる。あらゆるイレギュラーやミスを考慮し、どんな状況からでもリカバリできる備えをしておく。
という旨のことを、四歳下の姉弟子に四十分掛けて懇々と諭され、精神的にぐったり来ているのが、現在の僕、神の化身ことイーサン=アンセットである。
「演出や応用のための発想力と、実現するための技術を鍛える、努力。わかりましたか? 手品師とは、そういったものなのです」
努力、という部分に力を込めて、姉弟子は講義を締めた。
何の話かといえば、そう、僕は仮面の手品師、ミスター・サバキに見習い手品師として弟子入りしたというわけだ。
神の化身としての僕の目的は、この世界で可能な限り多くの大衆を、真なる神への信仰に目覚めさせ、導くことなのだけれど、いかんせん一介の無名な
だから、まずは名前を売り、何かしらの影響力を得る。
自分が世に出るためには、メディアへの露出もあり、世間に対してそれなりの影響力を持つ相手にコネクションを持っておくことは重要なことだ、と、前世でアパートの隣室に住んでいた同学科の先輩が言っていた。前世の僕が死ぬ直前までの記憶では、先輩はコネがないというただ一つの理由で、その悪魔的な作詞の才能を認められないのだと世の不条理を恨み、嘆きの縁に沈んで、就職浪人ついでに自主留年をしていたはずだけれど、あの後どうなったのかな。何か良いことあったかな。あったらいいな。
ともあれ、僕の場合は運良く、今世間をにぎわす手品ブームの火付け役、ミスター・サバキに自身の才能を認められたわけだ。だったら、このチャンスはがっちり掴まなければならない。
手品師として名を売ってしまうと、その後宗教家として世間に出るのは難しくなるだろうし、そもそも僕自身の名前を売ろうとなんかすると、神罰によって八つ裂きにされちゃうわけだけど。
毎度思うんだけど、この縛りキツすぎないかな。
手品の技術を身に付ければ、「なんか砂みたいな粉が手から出る」だとか、「体臭がジャスミンの香りになる」だとかみたいな地味な奇跡じゃなくて、何かしら、派手な現象を大衆に見せることができるようになる。
本物の奇跡と組み合わせれば、集客効果も格段に上がるのではないかな。
てかね、そもそも体臭で信者が増えんの? 印象が良くなるとかそういう? 香水付けりゃ済むだろ。
弟子入りの目的は、コネクションの構築と、派手な演出のための技術の獲得。この二つだった。
そこで、じっくり二晩かけて決意を固めた僕は、その日の放課後に再びミスター・サバキの事務所を訪れ、弟子入りに志願し、歓迎を持って弟子の座を得たのである。
「では、学校が休みの日は朝から、学校のある日は放課後すぐにこちらへ寄るようにしてくれるかな。定期代は出そう」
とは師匠の言であり、僕は気合と共に大きく頷いた。
それでは早速、簡単でかっこいい、明日使える面白手品を教えて頂けるよう提案した僕に対し、続けての、
「弟子入り初日で申し訳ないんだけど、今から明後日まで、
というのも師匠の言であり、僕は、残念に思いつつも納得して受け入れた。更に続けて、
「その間、娘のシェリーが姉弟子として君の指導をしてくれるから」
というのもまた師匠の言であり、僕が目線を向けた先では、僕に対して憎悪の表情を向ける十歳の少女が、そのような話は聞いていないという旨の反論を、烈火の如き勢いを以て、父たる師匠に飛ばしている所であった。こちらを、睨みつけた、ままだ。
超怖かった。
***
「手品はですね、どんなに面白い種でも、どんなによくできた道具でも、演じ方がまずかったら、全部台無しになるんです」
「はい」
「本当に手品が好きな人でしたら、種が判ったとしても手品を楽しめます」
「はい」
「だけど、普通のお客さんには、ああ、あれはああなっていたのか、そんなに単純な仕掛けだったのか、と、その手品の“全て”を判ったような気になられてしまうのです」
「はい」
ばしゃー。
「拾ってください」
「はい」
「その種の考案者が、どれだけ頭を悩ませたか。その手品を演じた全ての手品師が、どれだけの努力をしたか。そんなことはちっとも考えずに、種を知っただけで、です」
「はい」
「努力無しにステージに上がったなら、それは全ての手品師への裏切り行為なのです」
「はい」
ぐわしゃー。
「拾ってください」
「はい」
現在の僕は、トランプの束を手渡され、姉弟子と向かい合って、ひたすらシャッフルを繰り返している最中である。
にしてもこの子、カード繰るの超早いな。最初の頃に試してみたけど、今の僕にはどう足掻いてもあそこまでのスピードは出ないし、ちょっと集中を乱すと、すぐにカード束が、ばしゃー、わしゃーってなる。バラバラに飛んでゆく。ぐわしゃーってなる。
でもあれだな。ただカード束をシャッフルするだけの単純作業なのに、こうして本気で挑むと、妙に熱中してしまうもんだな。
気がつけば、窓から夕日が差していた。
「楽しくなかったですか、練習」
トランプを片付けながら、姉弟子は問う。
その表情は逆行で窺えないが、声は落ち着いていた。
僕は手首のストレッチを行いながら、その日の練習内容を振り返る。
カードを繰る。落とす。拾う。また繰る。
「ずっとカード繰ってただけだけど、結構楽しかったよ」
うん。正直、楽しかった。
楽しくなかったって言ったら、姉弟子に何言われるかわからない、とかそういう保身のような気持ちを抜きにしても。
何か珍しいことを教わったわけでもない。自分の技術に、特段の進歩があったわけでもない。
強いて言うなら、あれかな。熱中する、ということ自体が、楽しかった。
「それは良かったです」
姉弟子の影が頷く。ふわり、と髪を靡かせ、窓外へ振り向く。
その横顔が一瞬だけ、夕日に照らされる。
「それでは、明日もお待ちしていますね。アンセットさん」
僕は姉弟子に送り出され、家路についた。
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