04.最初の信者を得た話

 魔法使用免許取得のための、適性検査。

 光魔法の適性を持っていたらしい僕は、操作と制御の実践テストのため、手から光を生み出す魔法を発動した。

 魔法自体は無難に成功したんだ。

 しかし、光と一緒に、聖灰も出てしまった。僕が神の化身として与えられた力、神の奇跡の誤差動なんだけど。

 これが暴発と見做されて、不適格扱いで免許が取れなかったら、わりと困るのだけれども。


「魔力カスが通常より多目に出たようですが、適性検査は合格となります」


 検査官の女性は書類にゴム印を捺し、僕に手渡した。

 魔力滓というのは、長期間魔法を使わなかった人が魔法を発動した時に、魔法と一緒に身体から出てくる、魔力の垢のようなもののことだ。初めて魔法を使った人だと必ずこの魔力滓が出るもので、今回みたいな状況で全く魔力滓が出ない人は、事情を問い詰められ、場合によってはそのまま無免許魔法使用の罪で科料に処せられたりする。

 あっさり流されたのはありがたいけど、聖灰をカス扱いされたのは、出した人間として些かの寂しさを覚えるな。

 一応これ万病に効くらしいんだけどな。集めて拾って帰ったら、何かに使えるのだろうか。

 と、先程から僕の頭に巣食う、神に植え付けられた化身としての知識が再生される予感がした。


 聖灰は外用薬としては火傷や霜焼けなどの皮膚疾患や、打ち身や切り傷などの怪我に効果的。内服薬としては便秘等にも効果があるとされる。


 アロエレベルじゃねえか。


 聖灰は水に溶くとゲル状になり、食用としてはヨーグルトに混ぜたり、刺身として食べる場合もある。


 アロエだこれ。


「滓はご自身で掃除してお戻りください」


 との検査官女史の指示に従い、僕は聖灰を備え付けの箒で掃き集め、屑籠に流し込んだ。



 試験場から徒歩五分、小さな公園のベンチにて。

 僕と、免許取得の試験を一緒に受けた幼馴染みのレインは、盛り蕎麦を啜っている。

 生ぬるい、半分乾いてパサパサした、プレーンの盛り蕎麦を、紙皿の上から、手掴みで。


「なんでサニーは麺汁めんつゆ属性じゃないのよ……」

「逆になんでレインは蕎麦属性なんかになるんだよ……」


 蕎麦属性。蕎麦魔法を操る、蕎麦の精霊に祝福された者の持つ属性。

 地水火風の四属性、その派生である雷属性や氷属性、そんな分類から外れた光属性、更に外れた所に在るのが、蕎麦属性だ。

 世界人口七十億人の内、魔法使用免許を保有するのは先進国の十四才以上の者のほぼ七割だから、えぇと、あー、大体一億五千万人くらい。それだけいる魔法使いの中で、現在蕎麦属性を持つ者は百人もいない。とんでもないレアスキルなのだ。なお、麺汁めんつゆ属性などというものは神話も含めた歴史上一度も存在しないし、たぶん今後も永久に存在しない。

 味が常にプレーンであるのも問題だけれど、蕎麦を生み出す魔力消費による空腹の方が蕎麦に満たされるそれより大きいとか、本職の蕎麦屋が打った蕎麦の方が遥かに旨いとか、激レアにも関わらず、あまり役に立たない属性として扱われている。それが蕎麦属性だった。


「まぁ、将来一人暮らししてる時にインフルエンザとかにかかって、一歩も動けないのに家の食材がつきた時とか、役に立つんじゃないかな」


 前世の僕は朦朧とする意識の中で、アパートの隣人が野菜ジュースと焼きたてのパンを差し入れてくれる幻覚を見たのだ。

 その他の蕎麦魔法の利用法としては、蕎麦アレルギーの暴漢と戦う時など、必殺の武器にもなる。あとはまぁ、レインのような若い女の子が手から出した蕎麦なら、相応の付加価値付きで売れるのではないだろうか。風営法に引っ掛かるとは思うけど。


「私にばっか働かせてないで、サニーも何か出しなさいよ」

「何かって言われてもなぁ」

「光魔法でしょ。麺汁の幻影とか出せないの?」

「超高度な上に何の役にも立たないね」


 光の他に出せるものって言ったら、


「はい出した」


 僕は空いた掌に聖灰を物質化してみせた。


「なにそれ。手垢?」

「神の奇跡だよ。一応健康にもいいらしいけど」

「ふぅん」


 と、僕が止める間もなく、レインは迷わず蕎麦に聖灰をちょちょんとつけ、ズズズッと啜る。蕎麦属性に目覚めた者がその精神に受ける副作用として、食に対して幾らか寛容になるというものがある。これは恐らく、精神に抑制でもかけなければ、手から出た蕎麦なんて食べたくもならないからだろう。なお、僕は付き合いで食べた。


 蕎麦を啜っていたレインが、驚愕の表情で呟きを漏らした。


「あ、合うわこれ。すっごい美味しい」


 なんか誉められた。アロエが。


「最初にほんのりと塩味がくるんだけど、その後に渋みと、凝縮された旨味が残るのね。舌の奥にじわっと広がって、乾いた蕎麦と一緒に食べると唾液が溢れて、あー、ちょうどいいわこれ」


 いやいやないない、だってアロエだよ。


「ないわ。自分で出しといて言うのもナンだけど、ない」

「サニーって本当にナンだよね」


 そうまで言われては仕方がない。毒味をさせたみたいで申し訳ないのだけど、実際に食べたレインが平気な顔をしているのだから、それほど危険なものでもあるまい。食べた瞬間に肉体と精神を乗っ取られ、無理矢理平然と振る舞わされているのであれば話は別だけど、人間そこまで物事を疑うようになったら、通院と投薬が求められる。

 僕は意を決して、蕎麦を聖灰につけ、ズズズズッと啜った。


「あ、本当だ。合うわ」


 すげー蕎麦に合った。



 かくして僕は、この世界で一人目の、神の奇跡への信奉者――神の信者となったのだった。

 この奇跡を体感したもう一人である幼馴染みの方はどうも、粉末ソース属性程度にしか、思っていなかったようだけれど。

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