03.記憶と使命に目覚めた時の話
十四才になった僕は、突然前世の記憶と、神様から与えられた役職のことを思い出した。
この世界とは異なる、魔法が物語と妄想の中にしか存在しない世界。科学文明――
神の化身。
「人間の思い付いた物は全て、別の人間が既に思い付いている」とはこちらの世界の諺だけど、日用品から兵器、思想に料理、揺りかごから墓場まで、前世の世界にあった物は大抵、現世でも似たような物が存在する。文学や音楽だって、ヒット作には共通した部分がある。
土地の産物や歴史の違いもあるから、全く何もかも同じって訳では、当然ないけれど。
前世の知識で大儲けとか、そんな旨い話はないんだな。
それが、記憶を取り戻した僕が最初に考えたことだった。正直ちょっとは期待してたんだけどな。
そして、神様から与えられた役職。
人の身でありながら奇跡を起こし、自ら神を名乗ることで神の威光を高める広告塔にしてゴーストライター、「神の化身」。
この使命を果たそうとせず、神の奇跡を己の力だと称したり、神の化身を名乗らず意図的に人の子としての名を売ったり、奇跡を信仰獲得以外の目的で用いるなどした場合、真なる神の裁きを受けて生きたまま八つ裂きとなり、一千一秒の間絶えることなき苦痛を与えられ、死後も地獄の最下層で無限の罰を受け続ける。
「って、いやいや、そんなの聞いてないよ!?」
何だこの情報は。記憶が戻ると同時に追加された、僕の記憶外の情報によれば、どうも神の化身契約とはそういうものらしい。詐欺なんてレベルではない。
僕はとんでもない呪いを受けて生まれてきたようだ。そりゃこんな奴に信者がつくわけねーだろ。全身に冷や汗が迸り、初夏の暑さが遠退いた。
なんだって、よりにもよって十四才の誕生日に、こんな仕打ちを受けなきゃならないんだ。
暑さと共に意識も遠退きかけていた僕は、けれど、目の前をちらちら光る白い掌に、ようやく正気を取り戻した。
「どうしたのよサニー。これからって時に、そんな真っ青な顔して」
隣家のレイン、現世の僕の幼馴染みであり、生年月日を同じくする盟友は、半笑いで僕に手鏡を向けている。さっきから妙にまぶしいと思ったらこれか。
でも、確かに酷い顔だ。僕は無理矢理苦笑いを返した。
「ちょっと嫌なこと思い出してね」
本当はちょっとどころの騒ぎじゃないんだけど。
「しっかりしなよー。これから適性検査なんだよ、体調崩して結果が狂ったら、私一人で先に行っちゃうよ?」
そうなのだ。十四才の誕生日は、この世界では特別な意味を持つ。
魔法使用免許の取得可能最低年齢、それが十四才なのだから。魔法を公共の場で合法的に使うための国家許可証、それが魔法使用免許。
前世で言えば、十六才の誕生日に原付免許を取りに行くようなもの……でもないな。身長百二十センチを越えた日にジェットコースターに乗りにいくようなものだろう。
試験が行われる魔法免許試験場、その食堂室。午前中の筆記試験を終えた僕達は、各人の属性適性と魔法管理能力を調べる適性検査の時間まで、ここで時間を潰している。
そんなタイミングで突然前世の記憶を取り戻した僕の動揺は、似たような体験をした人でなくても察して頂けるものだろうか。
「大丈夫大丈夫。レインが僕に勝てるわけがない。僕が落ちるならレインも落ちる」
「何よぅ。筆記の模試だと大体五分五分だし、身体測定でも魔力量は私の方が上だったし」
「魔力量は身長の差でしょ。魔法の扱いには密度が重要って、さっきの筆記にも出てたじゃない」
「
いつもの会話。いつもの空気。
十四年間ずっと続いた、当たり前の日常。
不意に、悪寒が走る。
「ははっ、そりゃそうだよ、だって僕は……」
僕は咄嗟に口を閉じようとする。
しかし僕の口は、僕の意思に反して、勝手に言葉を紡いだ。
「 神 の 化 身 だ か ら 」
神の化身は神の威信を高めるため、他人に褒められた際、自身の意思に関わらず、強制的にその理由として自分が神の化身であることを挙げるのである。
え、あ、そうなの。それは凄い嫌だな。
僕の内心の懊悩を他所に、レインは心底馬鹿にしたような片眉上げで、こちらを見つめていた。
「サニーが神の化身なら、私はウィリアム=ドリンカーの愛弟子だわ」
鼻で笑う幼馴染の台詞に、僕はつくづくこの世界での神の地位の低さを思い知る。
ウィリアム=ドリンカーは近代魔道具学の父と呼ばれる魔法学者であり、三百年前に起こった産業革命の立役者とも言われている。魔法を金属に付与することで使用者の才能に関わらず一定の効果を発揮する魔道具。ドリンカー以前の時代は、良い魔道具を作るには、才能と経験ある職人が、最高の素材を用い、長い時間をかけ、高度で複雑な魔法を封じ込めることこそが唯一の方法だった。しかしドリンカーは「単純で安価な魔道具の大量生産」によって「一定レベルの職人を大量に作り出」し、それをもって「廉価品の更なる大量生産」と「大勢の職人の魔法を凝縮した高級高性能魔道具の量産」を両立させたのだ。
要はドリンカーというのは単なる「すごい人間」なのだけれど、それを踏まえてレインの言い様を鑑みれば、「神の化身」は「すごい人間の愛弟子」以下の存在だということになる。
そりゃそうだ。魔法技術の発展により、確たる不在証明もないまま、一般に神の存在は否定された。特定の宗教を持つ人だって、全員が全員、本気で神様を信じているわけじゃない。そんな世界で、僕は神の化身を名乗って布教を進めなきゃならないわけだ。
ただし、布教の為に努力を行ったことが認められれば、結果が出なくとも即座に八つ裂きにされることだけは免れる。無能な化身は死後も天界に迎えられることはなく、魂ごと無へ返されるのみだ。
……この、僕の意思を無視してちょいちょい挟まれる天与の知識が微妙にイラッとくるんだけれど、どうにかならないものだろうか。
「おっ、そろそろ検査の時間だよ」
僕はへらへら笑って先の会話をなかったこととし、幼馴染と連れ立って適性検査の行われる第三講習室へと向かった。
***
さて、適性検査である。
僕とレインはそれぞれ別々の列に並び、順番待ちを競っていた。
順番待ちを競うってのも何なのだけど、人間は暇をもてあますと死んでしまう生き物なのだ。
「レイン=ミューリさん、どうぞ」
「はーい私の勝ちー! それじゃお先にー」
検査官が僕の敗北を告げ、幼馴染は意気揚々とパーティションの陰へ向かう。
一拍遅れて、僕の列の検査官が顔を上げた。
前世の僕と同じくらいの年頃の、わりと若い女性役人だ。
「イーサン=アンセットさん、どうぞ」
イーサン=アンセットとは、現世での僕のフルネームだ。
片手を振ってそれに答える。
「イーサン=アンセットは世を忍ぶ仮の名、僕は神の化身です」
自分の顔へ急速に血が上ってゆくのを感じた。
しかし、役人というのはどうしてなかなか優秀な人揃いで、検査官女史は一瞬の硬直の後、何事もなかったように僕をパーティションの裏へ誘導した。
十四才という年齢も、この落ち着いた対応の理由と言えるかも知れない。
椅子に向き合って座り、袖を捲って左腕を見せると、肘の辺りにゴムバンド付きの装置を巻きつけられる。
これは魔力操作に慣れない装着者から、その属性に従った魔力を引き出し、纏わせる魔道具なのだ。属性を帯びた魔力を纏わせれば、火属性の適性があれば熱への耐性が、雷属性の適性があれば電気への耐性ができる。この特徴を利用して、属性適正を調べるのが、この適性検査ということになる。
「それでは、ちょっと熱いかも知れませんが、我慢して下さいね」
「はい」
腕に赤熱したペンのような装置を当てられる。
これもまた魔道具だが、各種の属性ペンは、適性検査用の効果の弱い魔法がそれぞれ付与されているらしい。
「あっ……つっ……!」
熱い。非常に熱い。
「熱さは感じますか?」
「はい」
熱いっつってんだろ、という言葉は何とか飲み込んだ。
これ以上、印象を悪くするわけにはゆかないのである。
「それでは、ちょっと冷たいかも知れませんが、我慢して下さいね」
「はい」
薄らと霜の浮いた属性ペンを押し当てられる。
「つっ……めったっ……!」
「冷たさは感じますか?」
「はい」
僕だって前世では二十才近くまで生きてきたわけで、コンビニでのアルバイトだって経験しているのだ。この質問が定型句なのは判る。判るのだけれど、もうちょっと何とかならないのだろうか。
その後も、ちょっとビリッとくるのや、ちょっとチクッとするのや、ちょっとスースーするのや、ちょっとネバネバするの等に耐え続けた僕は、どうやら自分が、ちょっと眩しいのが平気な人間であるらしいことを知ることが出来た。
「アンセットさんは光属性ですね」
光属性といえば、夜中にトイレに行きたくなった時等に、明かりを探さなくても足元を照らすことのできる、非常に有用な属性じゃないか。他には特に使い道も思い浮かばないけれど。
「それでは、操作実践に移ります」
「よろしくお願いします」
適性が判った後は、魔法操作の実践だ。
ここで魔法が制御しきれず、人を傷つける可能性の高いような暴走を起こす場合、操作能力欠乏ということで、免許取得には不適正とされ、試験に落ちるだけでなく、追加料金を払って計七日間の講習を受けるまで再試験を受けることもできなくなる。
「まず、右掌を上に向けて胸の前に構えます」
「はい」
「私の後に続いて、詠唱をお願いします」
「はい」
属性魔法を魔道具なしで操ることができるのは、適性魔法の持ち主だけだ。検査官女史が光属性の持ち主でなければ、このお手本で魔法が発動することはない。
というか、これは僕が卑屈になってるだけかもしれないんだけど、僕に属性を宣告する際、一瞬こちらを小馬鹿にしたような印象を受けた気もするし。まぁ、多分もっと派手で便利な属性の持ち主なんだろうな。
「我撫ぜん、猫の舌の先、我が道を照らせ、
光魔法の初歩の初歩、掌のすぐ近くに光の球を作り出す魔法だ。
やはり検査官女史は別属性の持ち主なのだろう、その魔法が発動することはなかった。
さて、僕の方はここで失敗してはならない。暴走がなければ失格にはならないにせよ、魔法が発動すらしなかった場合は、単純に、非常に格好悪いのである。
深呼吸して、一字一句違えぬよう注意して。
生まれて初めての魔法を発動するための呪文を唱えた。
「我撫ぜん、猫の舌の先、我が道を照らせ、
途端、僕の掌の上に薄明かりが現れる。
それと同時に、掌から砂粒状の物体が、泉のように湧き溢れ出た。
これは聖灰だ。無から有を生み出す神の奇跡の一つであり、それ自体は、あらゆる人の病を癒す霊薬となる。
だから、不意打ちでこういうことをするのは、本当にやめてもらえないものだろうか。
記録用紙とペンを持ったまま複雑な顔をする検査官女史と向かい合ったまま、僕は神への怨嗟をかき抱いた。
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