02.神様に転生を命じられた時の話

 さて、ここで僕の宗教的背景を簡単に説明しておく。


 苅田幸也、二流大学の文学部人文学科生。カリの田んぼでカンダ、さいわいなりと書いてサチヤ。

 浄土宗の家系に生まれた父と、曹洞宗の檀家に育った母は、クリスマスに運命的な出会いを果たし、一年の付き合いを経て近所の神社で式を挙げた。

 テロ活動で世間を騒がせた新宗教の団体が現在の本拠地を置く街で生まれた僕は、浄土真宗系の高校・大学に行った兄と、カトリック系の大学に行った姉の下で、すくすくと成長。大学進学を機に、十数年前に大手新宗教が総本山を移した街で一人暮らしを始めた。アパートの隣人はあいさつの重要性を説くステッカーをドア脇に貼っているにも関わらず、廊下ですれ違っても会釈すらしない、寂しい街だ。

 そして猫からトラックを助ける際に不運にも命を落とし――気が付けば純白の部屋の中、神を名乗る白髪の老人のアルカイックスマイルを受けつつ目を覚ました。


 ところで僕は、無宗教である。


「他者を助けるために命を落とす、その深き優しさ。博愛の心。神の化身として転生する誉れを授けましょう」


 神は告げた。

 輪廻転生があるということは、あの辺やあの辺の神様ではないのかな。とぼんやり考える。

 色々と疑問の浮かぶ台詞なんだけれど、


「輪廻転生って、あんまり良い印象ないんですけど」


 ともあれ、まずはここが最重要だ。

 漫画やゲームの世界ならともかく、現実の転生なんてロクなもんじゃないのだから。


 宗教によっては、直接的な表現じゃなくても、どう贔屓目に見たって人の生が神仏のためのエネルギー生産として描かれていて、輪廻は資源のリサイクルでしかなかったりする。魂をボロボロにすれば輪廻から外れて解脱できるらしいんだけど、それって単なる廃棄処理だもんなぁ。


「案ずることはありません、最愛なる家族よ。これは良い印象のある転生です」


 神は告げた。


「はあ」


 僕は曖昧に頷いた。丁寧な口調ではあるけれど、これはまともに会話をしようとしても、損をするタイプの相手だ。

 会話以外の手段を取ろうにも、相手は神様なんだし、どうせ逆らっても無駄なんだろう。


「最愛なる家族よ。先も告げた通り、汝の新たなる生は、神の化身としてのものです」


 神は告げた。

 ああそうだ、これもよくわからない。

 神は自分なんだろ。神の化身って、要は自分の変装のことだろう。僕は神ではないんだから、神の化身になれるわけがないじゃないか。

 とは思ったけれど、言っても無駄だろうから何も言わない。


「神の化身とは即ち、神の下僕たる家族らに与えられる役職の名です」


 神は告げた。

 下僕たる家族って何だよ。

 とは思ったけれど、何も言わない。


「神の代行者として下界にて奇跡を起こし、神の威光を知らしめる者です」


 神は告げた。

 ちょっとだけ頭の中で考え、整理して、理解した。

 要は神様のゴーストライターだ。「神の代行者」だとその人間にも信仰が集まるかもしれないから、「神の化身」と名乗らせるのだ。

 まあこの神様の中では決定事項なんだろう。当たり前のように扱き使われるのは癪だけれど、別に不都合があるわけでもない。わけのわからん不運で、家族や友人にも会えずに、やり残したことだらけのまま死んだのだ。輪廻には良い印象がなくとも、転生自体は正直、僕にとってもありがたいことでは、ある。


「転生した後、今の知り合いに会いに行くことってできますか」


 僕は問うた。


「それは叶いません」


 神は告げた。

 それって神の化身専用の転生ルールとかだろうか。それとも物理的な問題なのかな。死んでから百年後に転生するとか、そういう。


「転生先は汝の生まれた世界とは異なる世界。神の威光の届かぬ暗黒の辺境世界です」


 神は告げた。

 言葉の端に匂う地味な嫌悪の情も気になるけれど、より気になることを言われてしまった。


 異世界転生か。嫌な予感がする。


「異世界って、もしかしてなんですが、魔法とかある感じの?」

「魔法とかある感じのです」


 神は告げた。憎々しげに。

 なるほどなあ。魔法がある世界では、生半可な神の奇跡なんか、大して目立つこともあるまい。奇跡を売りに信者を稼ごうという神にとって、相性が悪いんだろう。だから暗黒の辺境世界呼ばわりされているのだ。

 僕が一人でうんうん頷いていると、神様は一瞬慌てたように目を見開き、僕に告げた。


「それでは、最愛なる家族よ。今こそ旅立ちの時です。汝のあくなき信仰心が、闇に包まれし世界に光をもたらさんことを願います」


 それと同時に僕は意識を失った。



 ***



 そんな神様とのやり取りと、前世の記憶をまるごと思い出したのは、僕が十四才になる誕生日のことだった。

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