幻想の国

一子

幻想の国

部屋の設定温度は28度。窓からの光のみに照らされる空間。ピンク色の羊の柄の布団を顎の下まで被る女の子。温かいのに、手脚を中心に体はどんどん冷たくなっていく。隣で寝ている薄茶色のくまのぬいぐるみが微笑むと、少女はそっと頭を撫でた。呼吸をするように電子タバコを吸う。匂いに気を使う彼女のこだわりだった。吐いた煙を眺める。iPhoneから流れる奇抜な音楽に酔いしれながら、その歌詞を口ずさむ。どれくらい時間が経ったのか分からない。目が覚めると女の子は別の世界にいた。白い草、大きなスカイブルーの花、大きなハエトリグサ、ねじくれたピンクの木、動くふわふわした植物、薄紫の光を放つキノコ、エンジ色のモサッとした花、自分の背よりもずっと高い綿毛のたんぽぽ。首と脚の短い顔の大きなキリン、鹿の角を持ったうさぎ、青い瞳の白くて大きな狼、尾の長い鮮やかなブルーの鳥、紫色に金粉でも纏っているかのように煌めく蝶、10回建てのマンション位の大きさのシロクマ。昨年死んだはずのゴールデンレトリバーのタマ、4年前に死んだはずの黒いネザーランドドワーフのネネ、少女が5歳の頃まで生きていたジャンガリアンハムスターのキキとララ、隣で横になっていたはずのクマのぬいぐるみがいる。様々な暖色の織り交じったあたたかい空、雲はないがオーロラのようなものが燦然としている。体の冷えは収まっていた。体のだるさも、喉に物がつかえているような違和感もない。少女は淡い茶色の瞳を輝かせて走り回り。死んだはずの動物や知らない植物と戯れた。赤茶色のミディアムくらいのカールした髪を揺らし、クマのぬいぐるみと踊った。喉が渇いたので七色に煌めく湖の水を飲んだ。ほんのり甘く、フルーティーで後味はさっぱりしていた。真っ青なりんごと真っ赤なりんごも食べた。美香ちゃん、これ美味しいよ。クマのぬいぐるみがオレンジ色の大きな金平糖のようなものを差し出す。ありがとう。ネネははモコモコした白い跳ねる植物を持ってきた。あら、ありがとう。真っ白しろすけ?キキとララは白いいちごを持ってくると、美香の膝に登った。ありがとう、美味しそう。首と脚の短い顔の大きなキリンがやってくると少女の頬を舐め、甘えてきた。あら、あなた犬みたいね、よしよし。『メ~』あら、あなた鳴き声は羊さんなのね。

シロクマにシロと名付けて背中に乗って探検した。紫とブルーで出来た森の中、スカイブルーの向日葵の踊る道を抜けると、妖精がいた。残念ながら顔はおじさんだった。でもどこか可愛らしかった。10センチ程の綺麗なおじさんは女の子に星の欠片で出来きたネックレスをくれた。ありがとう。手を振った。

どれだけ時間が経っても空は暗くならない。朝も昼も夜もない。植物は枯れない、動物も死なない。何も変わらない、何も失うものは無い。哀しいことも傷つくこともない。だけど退屈もしない。全部見て回れないほど広くて、飽きることなんてない程美しい場所。優しい世界。彼女はこちらが夢なのか、元いた世界が夢なのか分からなくなった。別に会いたい友達も居ないので、ただずっとここに 独りで居たいとだけ思った。大切なものは全てこっちにあるし。白い狼とじゃれていたタマが彼女に甘えてきた。涙に様々な色の光が反射して美しく煌めいた。タマはそれを優しく舐めた。カラン、コロン、ボテっ、ボサッ、ボテボテっ、飴が降ってきた。当たっても痛くない。口に入れると美味しかった。いちご、みかん、もも、ぶどう、色んな味がある。綿あめも降ってきた。コロン、カラン、カラン、コロン、ボサッ、ボテ、ポワンっ。彼女はにんわりと微笑んで動物たちをいっぺんに抱きしめた。

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