第3話 送致

「よし、それじゃ供述調書を作るぞ。」

「サインしません。」

「でも、お前酔ってたんだろ?無罪だと主張するんだろ?」

「はい。その通りです。」


そうだ、たとえやっていたとしても俺は無罪だ。だったらサインしても構わないだろ。内容をきちんと確認しよう。弁護士は簡単にサインはするなと言っていたがいいよな。きちんと精査すれば、大丈夫だ。


「じゃあ、俺が文章作って書いていくから間違ってたら言ってくれ。『私、我孫子次郎は平成30年2月4日静岡市○○町○○番地の路上で当時34歳会社員の男性と口論になり近くにあったブロックを使って殺害したかもしれません。しかし、当時酒を飲んで田酔しておりその時の記憶がありません。やってないと思います。』これでいいか。」

「はい、間違いないです。」

「じゃあ、今日中に検察に送致するから。」



間違いないのは田酔の部分だが問題ないだろ。


その後、弁護士との接見が許された。


「証拠見ました。あなたが殺人を犯した証拠はないんですが、現場から走り去るあなたを目撃した人物がいたんです。あなたはやってないんですよね。」

「やってないと思うんですが。ただ飲んだ跡走って帰っただけだと思います。」

「記憶がないんですか?」

「はい。覚えてないんですよね。」

「では、無罪を主張し続けてください。」

「でも、もうサインしました。」

「え?サインしたんですか?」

「はい、駄目でしたか?でも、内容に田酔してたと記載しました。だから刑法39条で処罰されません。そうですよね?」

「でも、あなたは以前にも酔って喧嘩したことがありますよね。酒癖が悪いと言う評判だとの供述もあります。喧嘩っ早いとの供述もあります。間違いないですよね。」

「えー、間違い無いですが、何か問題でも?」

「原因において自由な行為の理論というのをご存知ですか?」

「なんですか、それ?」

「完全な責任能力を有さない結果行為によって構成要件該当事実を惹起した場合に、それが、完全な責任能力を有していた原因行為に起因することを根拠に、行為者の完全な責任を問うための法律構成を言います。」

「もっと簡単に言うと?」

「つまり、酒を飲んで喧嘩する人間が飲んでない状態で喧嘩すると決め、その為に酒を飲んだ場合には完全な責任能力を問える、つまり刑法39条が適用できないということになるんです。」

「えーっ、なんですかそれ?聞いてないですよ。」


こうして、被疑者は送検されていった。俺達警察の仕事はこれで終わりだ。後は検察に任せよう。

 

「事件解決ですね、高さん。」

「そうだな、モジャモジャ。今回は本人に自覚がない可能性があったからな。あるにしても絶対に意識がなかったと主張するだろうことは分かっていた。だから、39条前段を主張し恰もそれが功を奏すると思わせるように持っていったんだ。まぁ、うまくいくかどうかは分からんが検察が上手くやってくれるだろう。さぁ、ボスに報告に行くぞ。」


今日も我が署の一日は平和に暮れていくのであった。

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冤罪 ~とある犯罪者の呟き 諸行無常 @syogyoumujou

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