第53話 使者忠興


   第六章

 一


 忠興らは、一旦フロン王国領に入り、そこから東に向かった。バルカノからそのまま北上すれば帝国領であるが、忠興らの目的は、戦争の調停のみではなかったからである。

 東部は、フロン王国と新約ロームス帝国領が大陸、南北に渡り境界を接している。この国境で両国は熾烈な争いを繰り広げている。

 しかし、戦況は帝国の方が優勢であった。

 フロン王国は、長きに渡る内乱のせいで、国力は低下していた。

 これを持ちこたえているのは、二人の救国の英雄によるところが大きい。

 一人は、ローラン卿改めギュスター男爵。彼は、貴族の名門に生まれ、今は没落したギュスター男爵家を継ぎ、貴族らの期待を一身に背負い戦場にあった。

 そして、もう一人が、忠興らの求める

「伝説の勇者」

こと、ジュベー卿である。

 平民出身のジュベー卿は、爵位を持たぬ騎士に過ぎない。

 魔を払い、王室を救った彼であるが、彼の元には貴族階級ではなく、平民から構成された義勇軍が多数詰めかけているとのことである。

 この二人の英雄の獅子奮迅の働きのおかげで、何とかフロン王国は帝国の侵攻をかろうじて防げているのである。

「ええい、罷り通るぞ」

 国境近くの村や街では、多くの騎士や兵で一種の特需を生み、異様な賑わいを見せていた。

 忠興は、右手に持った「教皇庁特使旗」を高く掲げると、先頭を走った。

「おー、さっすが。これは気分良いわね」

 ユリィが、左右に道を開ける士卒を見て、声を上げた。

 忠興らは、今はガラシャ、ユリィの三人である。

 ショウサイと、エンリケはフロン王国の王宮に別動隊として向かっている。教皇から勅命を王に伝えるためである。

 本来であれば、王に面識のある忠興が向かうのが良いのであろうが、そこは王族の出であるエンリケが行った方が良かろうと忠興が提案したのである。

 ショウサイはその付き添いである。

(折角、珠と行動を共にできるのだ……)

 この機会を忠興は逃したくなかったのである。

「今さら、魔法も使えない貴様らがおっても仕方ないではないか」

 忠興にそう押し切られたエンリケは無念そうな顔をしたが、事実ゆえに従わざるを得なかった。

 そうして、エンリケとショウサイを追いやった忠興は、今、東部戦線を北上しているのであった。

「ギュスター男爵、ジュベー卿の陣はいずこか」

 そう呼ばわりながら、忠興は進んだ。前も後ろも、行軍する騎士や兵士で街道がごった返している。

「勅使様」

 そんな忠興を、背後から呼び止める声がした。その声に、忠興は黒松の足を止めた。

 見たところ、一廉の騎士に見える。従軍中であろうが、そこから外れ、馬を忠興に寄せて来る。

「馬上から失礼いたす」

 そう言うと、その騎士は兜のシールドを上げた。忠興が、それに対して頷くことで礼に応える。

「ローラン殿もとい、ギュスター男爵でしたら、この先に進んだローサーンヌ要塞におりますぞ」

「ただ、元は帝国の要塞をこちらが奪い取ったモノ、今も帝国側の軍勢が奪還しようと躍起になって攻めてきておる様子。くれぐれもお気を付けなされ」

 そう言うと、騎士は御免と言い、隊列に戻って行った。

「ローサーンヌ……ちょっと待ってよ」

 ユリィが地図を開く。

「近いわね。ただ、さっきの騎士の話だと、巻き込まれないように注意しなくちゃ」

 ユリィが忠興の顔を見る。揉め事は勘弁してよね、とその顔が物語っていた。


「教皇庁勅使である」

 忠興は、そう言いながら走った。すでに、要塞の周りは帝国軍の物々しい軍勢で埋め尽くされている。

 それを、要塞の内と外からフロン軍が狙う。謂わば膠着状態ではあるが、一触即発の緊張感が漂っている。

 忠興は作法に従い、教皇庁の紋章が入った旗を、頭上でクルクルと回す。勅使、伝令を示す合図である。

「ひえ~、早く中に入りたいわ」

 ユリィがそんな、騎士たちを横目に見ながら言う。殺気立った陣中を突っ切るというのは、いかに勅使の旗があるとはいえ、恐ろしいものであった。

 やがて、忠興らは要塞の門に辿り着いた。石造りの要塞の周囲には、今なお両軍の死者の躯がそのまま放置され、予断を許さない状況が見て取れる。

 門の外には、打ち捨てられた帝国の「双頭龍の旗」、一方で門の上にはフロン王国の「ユリの旗」が翻っている。

 忠興が、門の前で来意を告げる。

 それでも、すぐに門は開かれない。それどころか、帝国軍をさらに後退させてくれとの要望まで出される始末であった。

「仕方ないわね」

 ガラシャは、そう言うと帝国軍に掛け合い、その陣を後退させた。門を開けた瞬間に、帝国が攻め込んでくるのを、要塞側としても警戒してのことであった。

 ようやく要塞に入った忠興らは、ギュスター男爵に会うことができた。

「これはこれはヨイチ殿、ご無事でしたか」

 両手を広げてギュスター男爵が忠興を歓迎する。戦場にあっても、荒んだ風を見せないところは、流石に「騎士道の華」と謳われるだけのことがある。

「ん……」

 しかし、やはりそこはフロンの騎士であった。

「そちらが聞いておった奥方か、さらに――」

 広げた両手をさっと畳むと、ギュスターがガラシャの前に跪く。

「何と、可憐で美しい。貴方が歩けば、野の花も思わず俯いてしまうことでしょう」

 ガラシャの手を取り、そう囁いた。

「貴公……」

 忠興の只ならぬ殺気を感じたギュスターが慌てて立ち上がる。そして、いそいそと今度はユリィの手を取った。

「貴方のあまりの美しさに、つい声をかけるのが遅れた事をお許し下さい」

 そう言うと、ユリィの手にキスをした。

「コイツ……こんな奴だったのか……」

 忠興の肩で、モーレットが呆れたとばかりに声を出した。ギュスター男爵、彼は真の意味でのフロン騎士道の具現者であった。

「ま……」

 ユリィもまんざらではない様子で、ギュスターの顔を見て、頬を赤らめた。それを、忠興が仏頂面で眺める。

「あ……いや、別にかっこいいなと思っただけよ」

「でも、ほら……私、どっちかと言うとヨイチみたいな方がタイプだし……ねっ」

 と、その視線に気づいたユリィが慌てる。

「ですって……」

 ガラシャが今度は、忠興に冷たい視線を投げかける。

 今度は、忠興は慌てる番であった。

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