第52話 特使任命

魔物との闘いを終え、忠興らは聖ピエール大聖堂に来ていた。

「ほー、こりゃ大したもんですなぁ……」

 ステンドグラスを見上げ、ショウサイが呟く。

「そうね」

 ガラシャもガラシャで、そのステンドグラスを透過した光が、大聖堂の床に織りなす芸術に心を奪われている様子である。

 昨日まで、命を狙われていたのが嘘のような様子である。

 すでに、ガラシャに対する疑いは晴れ、今、ガラシャは大聖堂において「司祭」への叙任を受けるのである。

「ガラシャ様、間もなく教皇が……」

 そんなガラシャに、テオドールが声を掛ける。

 テオドールは、平静を装ってはいるものの、声に元気がない。無理もない、昨日の魔物との闘いで、総兵力の三分の一の騎士、兵士が戦死したのである。

 早く彼らの葬儀をしてやりたい、というテオドールの思いは無理からぬ事であった。

 しかし、それよりも教皇庁はガラシャの司祭叙任を優先した。

「では……」

 ガラシャは、そんなテオドールの気分を察したのか、床に跪いた。

 その背後に、忠興、ユリィ、ショウサイ、エンリケも倣う。

 やがて、錦糸で刺?された法衣を纏った教皇が大聖堂に現れた。式典の間、ガラシャ以下は、顔を上げることも許されていない。

 教皇の力というものは、王をも遥かに凌ぐものなのである。

 教皇は、礼式に則りガラシャに洗礼を施すと、改めてガラシャを司祭に叙した。

(偉そうなものだ……)

 元はと言えば、教皇庁の中に魔物の侵入を許したそちらの落ち度ではないか、と忠興は思う。しかし、いまさら事を荒立ても仕方がないことは理解していた。

 また、今回の件が契機となって、忠興にとっても都合の良い展開に進んだのも事実である。

「聖女ガラシャを特使として派遣、フロン王国と新約ロームス帝国との間の戦を収束させる」

 という事が、決定している。

 この両国の争いは、元はと言えばフロン王国内の宗教上の内紛の端に発するものであり、現在は教皇庁からのフロン王国の英雄ジュベー卿討伐がその争点となっている。

 これらが、魔王の手による陰謀であることが明るみになった今、一刻も早く戦争を終結させる必要があった。

 そのための特使として、ガラシャが任命され、忠興以下はその従者として充てられることになったのである。

「あたしは別に、聖女様の部下になったつもりはないからね」

 ユリィはそう悪態を吐いたが、忠興の意思に沿う形で、この一行に加わる決心をした。

 こうして、ガラシャは教皇のお墨付きとして「聖女」を名乗ることが許されたのである。さらにはそれだけではなかった。ガラシャは特使として、勅命を帯びていた。

 それは、勇者ジュベーに対する教皇からの魔王討伐の命令である。

 内部に侵入され、教会の威信を揺るがされた事で、教皇庁としても魔王討伐に本腰を入れる気になったのである。

「世界の命運はそなたらに掛かっている……頼むぞ」

 教皇が、頭を垂れるガラシャに語り掛ける。ガラシャは、その言葉に今一度、頭を下げた。


 儀式が終わると、早速ガラシャたちはフロン王国とロームス帝国の激戦地へと赴く。

「この度は、誠に失礼なことを致しました」

 テオドールが、そんな彼らを見送る。

「いや……全ては魔王のせい。そなたが気に病む事はない」

 そう言って、ショウサイがテオドールに声を掛ける。出発に際して、教皇庁から魔砲三丁が、ショウサイ、エンリケに贈られている。

 腰にぶら下げたその魔砲をポンと叩いて、ショウサイがニカリと歯を見せた。

「聖堂騎士の誇り、必ずや魔王めに届かせて参る」

 その言葉に、エンリケもほほ笑んだ。

 彼らもまた魔法を持たない武人である。それゆえに、力になり切れない歯がゆさも感じ取っているのであった。

 兎に角、事態は急を告げていた。

 一行は、挨拶もそこそこにバルカノを後にしたのである。そんな彼らの、前途を祝福するように、大聖堂の鐘が鳴り響いた。

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