第51話 騎士の兵法
大地に降り立った魔物は、獣の様に手を着くと、凄まじい速度で広場内を駆け回りだした。
「どうだ、貴様らに、この動きは見切れまい」
魔物の姿は、すでに実体としてではなく黒い風のようにしか見えない。
「うわあああっ」
「ぐふぅ……」
聖堂騎士団も、もはや全ては、この魔物を仕留めるべく戦いを挑むが、速さについていけず、次々と切り裂かれていく。黒い風が通るたびに、血しぶきが舞う。
「邪悪なる者よ、神の裁きを受けなさい」
ガラシャが、「光の矢」を引き絞るが、やはり的を絞り込めない。
「聖女様!」
そんなガラシャにテオドールが呼びかける。気付いたガラシャに、テオドールが大きく頷く。
任せろと伝えているのである。
「ミゲル基準!」
テオドールが、剣を掲げて大声を上げた。
「基準、この位置! 三列横隊ぃいいいい」
「作れ!」
テオドールが剣で示した位置に、一人の騎士が走る。基準に指定された騎士ミゲルである。
「走れぃ」
残りの騎士も、陣形を組むためにミゲルに続く。
「兵は、包囲! 押し込めい」
聖堂騎士団隷下の従卒に、テオドールが命ずる。
「死ねや死ねやぁあああ」
古参の兵であろう。それが、他の兵たちを鼓舞して魔物に迫る。
「我らは神の剣、人の盾ぞ、行け行け行けええええええ」
叫ぶ様な祈りを唱えながら、兵が四方から魔物に向かって、突撃を行う。
「ガアアアアアアアアアアア」
その兵たちを、魔物の爪が迎え撃つ。古参の兵は、その胴体を真っ二つに引き裂かれた。
「まだだー、退路を作るな」
「押し込めろ!」
兵たちは、それでも怯まずに突撃を敢行する。その度に、血しぶきが巻き起こる。
「ひどい……」
余りの凄惨な光景にユリィが口をつぐむ。
「兵、後退!」
テオドールの声が響く。その声で、一斉に魔物を取り囲んだ兵が下がる。
いつしか、魔物は後ろを広場の端の壁面まで追い詰められていた。
そして、その前には魔砲を構えた騎士が配置を完了し、立ちはだかる。
「一列目、撃てぇええええええええええい!」
テオドールが剣を振り下ろすと同時に、第一列の魔砲が火を噴く。
「ガアアアアアア」
無数の弾丸が、魔物を穿つ。そして、素早く、一列目が二列目と入れ替わる。
「第二列、てぇえええええい」
魔物が怯んだ隙に、テオドールが更に追い打ちをかける。
邪悪な魔物に取って、聖属性が込められた弾丸は脅威である。魔物は、大きき飛び上がって一斉射撃を躱す。
しかし、それこそがテオドールの狙いであった。
「第三列、てぇええええええええええい」
テオドールの号令一下、第三列の斉射が空中の魔物に向ける。
空に逃れた魔物は、これを躱すことはできない。狙い済まされた弾丸が、魔物に突き刺さる。
「……三段撃ち」
それを遠目に見た忠興が、呟く。
「お見事ですな」
ショウサイも感心した様子である。
「でも、まだです」
ガラシャは、光の矢を引き絞ったまま、その光景を見守る。
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
大地に叩きつけられた魔物の体から、白い煙が立ち上る。テオドールが、その様子を観察する。
「第一列、第二列、密集!」
「阻止っ!」
魔物が最期の力を振り絞り、聖堂騎士団に飛び掛かる。それを、前の二列が密集隊形で食い止める。
「うぉおおおおおおおおお」
騎士団を突破しようという魔物を、騎士たちが一丸となって、押し返す。
「おおおおおお」
荒れ狂う魔物の爪、牙が、正面の騎士たちを引き裂き、その黒い体、、四肢が耐える騎士たちを押しつぶしていく。
「第三列、射撃用意」
ここが限界と見たテオドールが予令を掛ける。それを受けて、壁役の騎士が一斉に魔物から離れる。
「てえええええええええええええ」
壁の無くなった魔物の体が前につんのめる。そこに、ありったけの弾丸が注がれる。
「ギェアアアアアアアアアアア」
叫びを上げて、大きく魔物が仰け反る。
「今です!」
テオドールの剣が、その魔物の胸を指し示した瞬間、ガラシャの矢は、魔物の体を射抜いていた。
絶叫を上げ、魔物が消滅する。
そして、そこに残されたのは、肉の壁となり散った聖堂騎士団の躯であった。
「騎士殿」
ガラシャが、テオドールの元へ走る。ショウサイ、エンリケがそれに続く。
忠興は、ユリィに支えられ、その光景を見守っていた。
「良い……戦ぶりよ……」
力なく笑うと、そのまま膝を着く。立っているのがやっとの状態であったのだ。
「ヨイチ」
そんな忠興を、ユリィがゆっくりと受け止め、そのまま座らせた。
「よい、お前も騎士たちの手当てを……」
すっと、忠興が目を閉じた。ユリィは忠興の額から髪を優しく撫でると、そっと仰向けに倒し、ガラシャの後を追った。
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