第49話 形勢逆転

 やがて、隊列は広場の中央までやってきた。

「ここで、良いのですね」

 ガラシャは、処刑台の上に自ら進んだ。本来であれば、体を後ろの柱に縛り付けるところであるが、それも叶わない。

 そんなガラシャを取り囲む様に騎士たちが配置に着く。

「見よ、この魔女は主の御威光の前に、ただ哀れに立ちすくむことしかできぬ」

 テオドールが、遠巻きに見守る民衆に呼びかける。子供だましのようなハッタリであるが、これも民を導く方便である。

 続いて、異端審問官として、マルドルク枢機卿がガラシャの罪状を読み上げていくと、民衆の中からは歓声が上がった。

「いいぞ、いいぞ」

「魔王の手先を滅ぼせ」

 残酷な民衆の言葉がガラシャに浴びせかけられた。

(まだか……)

 テオドールは焦っていた。もっとも、この娘を滞りなく処刑できればそれが最上であることは分かっていた。

 しかし、ガラシャの絶大な魔力を目の当たりにして、まさか火刑が通用するなどとはテオドールも考えてはいなかった。

 焼け死なないガラシャの姿は、民衆に少なからず動揺を与えることは必至だった。

 しかし、いつまでもこうしている訳にはいかない。

 焼け死なぬのであれば、ありったけの弾丸でハチの巣のようにするまでである。

「どうした」

 マルドルク枢機卿が、テオドールの傍に来た。処刑の様を見届け、悪しきものに引導を渡すのも聖職者の勤めなのである。

 枢機卿が、用意された席に着く。テオドールは、枢機卿の顔を見て頷いた。

「やれ」

 テオドールの合図で、処刑台の下の薪に、火が投げ入れられた。バチバチと音を立てた炎が煙と共に、上へと昇って行く。

(燃えろ、燻されて死ね)

 願うような思いでテオドールがガラシャの様子を見守る。

 しかし、その願いも虚しかった。予想の通り、ガラシャの結界は眩い光で、炎と煙から、ガラシャの体を守っていた。

「ええい、撃ち殺せ」

 テオドールが声を上げた、その時である。

 処刑台の周りの群衆の中から、走り出した者がいる。

 忠興たちである。

「来たか、迎え撃て」

 テオドールが支持を出す。忠興らは四方から処刑台に迫ってくる。

「おおっ」

 騎士らが一斉に、それぞれに銃口を向けようとした時である。

「何だ、これは」

 周囲を暗闇が覆った。

 忠興の魔力である。忠興は、自身の攻撃、防御に充てていた魔力を解放したのである。

 漆黒の闇は瞬く間に、騎士たちの視界を奪った。

「くそっ、どこだ」

 騎士の何人かが発砲するのを皮切りに、混乱の連鎖は一気に広まった。しかし、その銃声は虚しく響くのみであった。

「よせ、民衆に当たったらどうする」

 テオドールが声を張り上げた。

「見えないのは奴らも同じだ。狼狽えるな」

 テオドールは身を低くして、防御の構えを取った。

 しかし、その背後で

「ぐっ……」

「がぁああ」

と、騎士の悲鳴が上がったことでテオドールは忠興らの狙いに気がついたのである。

「そこか」

 テオドールが背後を振り向いた。

 この暗闇の中で、光輝く結界と、燃え盛る処刑台のみが、その位置を示していたのである。

「させるか」

 テオドールが、魔砲を放つ。しかし、その弾丸も虚しく空を割いただけであった。

(まずい……防がなければ)

 テオドールは自らの悪手を悔いた。魔砲の欠点は、視界によって狙いを封じ込まれることだけではなかった。

 単発式の魔砲は、一発発射すれば、次弾を装填する必要があるのである。

 そして、何よりも優先しなければならないことは、今、魔砲を発射したことで、自身の居場所が敵に知られたということであった。

 テオドールは地面に体を投げ出し転がった。見栄えを気にしている余裕はなかった。

 その頭上をブオンと剣を振る音が走った。

「むう…」

 暗闇の中で、テオドールは必死で敵の姿を探す。

 しかし、左側から突然、剣先が伸びて来る。ここまで迫られて初めて敵の姿を見ることができたのである。

「うおおおおおお」

 低い姿勢から剣を切り上げてくる。エンリケである。

「うぬぉあ」

 体を反らして躱したテオドールも、剣を引き抜く。もはや、魔砲に装填している余裕はない。

 周囲では、既に乱戦となっている様子であるが、この状況ではテオドールとしても指揮を執ることができない。

 そうする内に、騎士たちの叫び声ばかりが上がるようになって行った。

「まずい……せめて、民だけでも……」

 そう思うが、エンリケの打ち込みを防ぐのが、テオドールとしても精一杯である。

「そこまでです」

 突如、天を突かんばかりの光の柱が立ち上った。闇がすぅと晴れていく。

「おお……」

「あれは……」

 次第に視界が開けたことで、エンリケが一旦、間合いを取った。闇の中での打ち合いで、これ程の打ち合いができる相手とは分が悪いと踏んだのである。

「見ろ、あそこだ」

 騎士の一人が、指を差した。丁度、広場の入り口付近である。

 光り輝く柱の中に、ガラシャに姿があった。その傍には忠興が立っている。

 しかし、忠興はこの時、立っているのがようやくといった状態であった。広場全体を覆う程の魔力の放出は、彼の限界を超えていたのである。

 立ちすくす騎士たちをよそに、ショウサイ、エンリケ、ユリィがガラシャの元に駆け寄る。

「うぬううう」

 テオドールは、今こそ態勢を立て直すべきだと判断したが、周囲の状況は想像以上に酷かった。

 騎士の多くは、闇の中で敵の攻撃を受けて倒れていたのである。忠興らは四方から攻めよせた分、同士討ちを懸念することなく攻撃ができた。

 しかし、聖堂騎士団はそうはいかない。

 暗闇の中で、敵か味方か分からぬ中で、多くの騎士が無駄に負傷を負ったのである。

 すでに、大勢は決していたのである。

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