第48話 断罪の時
三
「おい、もう始まるぞ」
「若い女、えらい美しい娘らしいぞ」
昼食もそこそこに、皆が騒ぎ立て広場に集まっていく。
ここは、バルカノ市街の南端、ミシャエール広場である。
すでに、下に薪が積まれた処刑台が設置されている。魔女は火炙りというのはお決まりの処刑法である。
異端者としてのガラシャの審問は、あっという間に進んだ。
教皇庁では、ガラシャの処遇について慎重派と即断派で意見が割れていた。しかし、当のガラシャ本人が
「疑うようであれば、火刑にでも確かめてみれば良い」
と開き直ったことで、一気に処刑という運びとなった。
聖地バルカノで処刑が行われることはそうそうない。物珍しさからか、民衆らは野次馬となって広場に押し寄せたのである。
「来たぞ」
誰かの声が上がると、集まった群衆の視線は連行されてくる少女に注がれた。ガラシャである。
「はー、こいつは別嬪だぁ」
「やっぱり魔女ってやつは、こうやって男をたぶらかしやがるんだな。恐ろしい話だぜ」
「いやいや、あんな娘なら魔女でも一回くらいは……」
口々に、下世話な言葉を並び立てる。
しかし、次第に群衆は、その少女の只ならぬ様子に気が付いたのである。
「なんでぇ……あの魔女、手錠も足枷もないじゃねぇか……」
「本当だ、こりゃ一体……」
罪人であるべき異端者の連行される姿としてはいささかおかしい。そう、誰もが疑問を抱くのは無理もなかった。
聖堂騎士団に取り囲まれながらも、ガラシャは祈りつつ歩を進める。その姿は連行
される罪人ではなく、聖女とそれを守る騎士といった異常さを醸し出していた。
結局、この日に至るまでガラシャの結界が途切れることはなかった。正直、底が見えないとテオドールも思い始めていたのである。
そんなガラシャが、散々処刑できるものならしてみろと、散々に言い立てるのである。
そして、それのみならず更に、魔力を解放するのである。
「ええい、止めんか」
粗末な牢獄の鉄格子が音を立てて軋むのだった。これでは、いつまで持ちこたえられるか分かったものではない。
それどころか、あっさりと同行できたことで忘れていたが、自分たちはこの娘にいまだ近づくことすらままならないという事実に気が付いたのである。
「もし、こいつが自分らに敵意を向けたら……どうする」
そういう不安が、テオドールの脳裏に浮かんだのも無理はなかった。大聖堂の地下で、この者との戦闘になれば大惨事が起こるのではないかと思ったのである。
結局、テオドールの進言が聞き遂げられ、ガラシャの処刑が決まった。
「お望み通りしてやろう」
ガラシャの思惑については、テオドールも分かっていた。処刑の際に、一戦交えようという腹であることは分かっていた。
「我らは、神の騎士。悪魔の小賢しい作戦などお見通しよ」
忠興ら一味がガラシャを救出に来るであろう、それでもテオドールは引くわけにはいかなかった。
「案ずることはない……」
テオドールは声に出して、自分を落ち着ける。
「おいおい、何だよ」
「オラッ、罪人らしく頭下げろ」
進むガラシャに、群衆から罵声が飛ぶ。しかし、その中には聖堂騎士団の不甲斐なさをなじる声も含まれている。
しかし、その声はテオドールの耳には届いていなかった。
(どこにいる……)
顔を動かさず、視線だけで周囲を探る。
ガラシャを助けるために群衆に紛れているであろう忠興たちを探すのであった。
(今……襲われては)
その点においても、不安は残る。
襲い掛かる敵に対するだけではなく、民衆を巻き込まなければならないようにせねばならない。聖堂騎士団団長として、テオドールにはそれが懸念材料であった。
そのため、テオドールは教皇庁にガラシャの処刑を具申する際に、徹底して民衆の見物を許さぬようにと合わせて進言した。
騎士団としても、民衆の命を盾にされては十分な力を奮えないと考えたからである。
しかし、枢機卿らの考えは違った。
「カシムヘルム殿、異端者を公衆の面前で晒した上で、処刑する。それこそが、教会の力を示す道ではないのかね。それとも、聖堂騎士団の力は……魔物らに劣る……と、言うのかね」
こう異を唱えたのはマルドルク枢機卿であった。
「神の御意思を代行せし貴殿らが、魔物の脅しに屈したとあっては、それこそ奴らの思うつぼではないか」
そう言われては返す言葉もない。
教会内に唯一絶対の武力である聖堂騎士団であるが、その地位は決して高いものではないのである。
(あなたは戦わないではないか……)
マルドルク枢機卿は、理財に長けた人物であった。その才でこの地位まで上り詰めたが、魔力は有していない。実際に民衆を守り、魔物と戦うのは彼ら聖堂騎士団であった。
しかし、枢機卿の言葉に反論などできるはずはなかった。
かくなる上は、聖堂騎士団の全力で以て、ガラシャとその一味を、民衆を守りつつ殲滅する他はなかった。
従卒らが、野次馬の群衆を隊列から遠ざける。
「離れなさい。この様な悪しき魔女に近寄れば呪われるぞ」
そんな脅し文句を騙るのも、せめてもと、テオドールが考えたのであった。
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