第47話 ガラシャの策

教会の叙階は、単純に言えば教皇を頂点として、その下に各政務を補佐する枢機卿、司祭、司教、助教の階層に分けられている。

 テオドール自身、騎士でありながら叙階は司祭の位にある聖職者である。

 しかしながら、全ての聖職者が魔法を使えるかというとそんな事はなかった。あくまで、魔法というものは神の御業の一端に過ぎない、あくまでも教えを守ることこそが本義であるという教会の精神があったからである。

 だが、実際は魔力を有する者が教皇庁において上に行く事実は否めない事実であった。

 何故なら、諸国の王侯貴族の庶子が聖職者になったところで、彼らはある程度、ここバルカノで経験を積んだのちは本国に戻るからである。

 その点においては、バルカノの教皇庁という組織は、門閥が少ない実力主義の世界でもあると言える。

 とりわけ、教皇と、それを補佐する十二人の枢機卿の大半は強大な魔力を有しており、魔砲の弾丸もわざわざ聖堂騎士団の為に枢機卿が魔力を込めてくれたものなのである。

 小さな弾丸に込められる魔力の絶対量を考慮したとしても、こうも容易く防ぐ結界の強度、そしてそれを維持し続ける魔力は相当であることが伺える。

 これでは、騎士たちが手も足も出ないのも致し方ない、そう思うのであった。

「警戒を怠るな。こいつは餌だ」

 ガラシャに一瞥をくれると、テオドールは牢を後にした。


「お珠さん、お珠さん」

 静かになった牢獄に響く微かな声に、ガラシャがふと目を開けた。自分の元の名を呼ぶ者を探して視線を動かす。

「ここですよ、ここ。結界が強すぎて、これ以上は近寄れねぇや……」

 モーレットである。

「まぁ……」

 ガラシャの顔に明るい笑みが差した。直感として敵ではないことは分かったのである。

「オイラは、ヨイチの旦那の兄弟分、モーレットと申しやす。こんなナリをしてますが、妖精でさぁ」

 モーレットが口上を述べる。

「あら、妖精さん。どうされたのですか」

 ガラシャが、目を細めてほほ笑む。その笑顔にモーレットが舞い上がる。

「こんな美しいお嬢さんとは、そりゃあヨイチの旦那もご執心になる訳だ。おっと、いけねぇ任務を忘れるところでやした……」

 コホンと咳払いをして、モーレットが続ける。

「今、旦那はユリィ姐さん、ショウサイ、エンリケの四人で、お珠さんを救いだそうと計画中でして、ひとまずオイラがお珠さんの無事を確認に来たって話でございます」

「取り合えずは無事そうで安心しやした。これでヨイチの旦那も喜びますぜ」

 ペラペラとモーレットはよく話す。しかし、ガラシャも牢獄の中での、この珍妙な訪問客の話に、楽しそうに耳を傾けている。

「それにしても、お珠さんの魔力は凄いですぜ。すげぇ力なのに、こうなんだか毛玉がポカポカしてくらぁ」

 思えば、前世においてもガラシャの人生は幽閉のような人生であった。それを思えば、このような状況はさして苦痛でもない。

 そして、今は傍に神を感じていられる。これ程、ガラシャにとって心強いものはなかった。

 だから彼女自身は、今回の捕らわれの身もさほど深くは考えてはいなかった。全ては神の御心のままに、上手くいく、そう信じているのである。

 ただ、この教皇庁の中にある、自分や忠興を廃しようという意見の裏には魔王の力が働いていることも感じていた。

(これは……主が与えたもうた試練かしら……)

 そう考えることもできると、ガラシャは結論付けた。

「モーレットさん」

 ガラシャがモーレットに声を掛ける。金色の瞳が煌々と光を放った。

「それでは……」

 モーレットはじっと、その瞳に吸い込まれるようにガラシャの話に聞き入った。

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