第46話 聖堂騎士団長

  二


 バルカノ市街地の中心部、ここに全世界の教会を束ねる聖ピエール大聖堂がある。

 その規模は一般の教会を遥かに凌ぎ、さながら城郭や要塞のようでもある。実際に、ここは教会でもあると同時に、教皇が政務を取り仕切る政庁の役割を果たしていた。この政治的な機関を教皇庁という。

 ゆえに、一般の信徒が入ることができるのは、正面の礼拝堂までである。

 それでも、信徒らにとって、生涯に一度はそこを参るというのが慣例として存在し、バルカノの街も、そういった信徒らに対して商売をすることで潤っている。

 ただ、それが昔からだった訳ではない。

 過去には、異教徒との戦争に巻き込まれ、この教会が消失した事実もある。

 ただ、近年、魔物との人類との間での闘争が本格化し、王侯貴族の力が弱まり、ギルドの冒険者や、草莽から騎士、貴族へ昇進を遂げる者などが出現する中で、教会はその権威を維持、むしろ高めている。

 百の軍勢よりも、教皇の舌の方が影響力を持つのである。

 時の教皇、サンピエ四世はその教会の力を大いに奮っていた。他国同士の戦争に積極的に介入する。国同士も、国力の疲弊からある程度で和議を結びたい、その建前として教皇の命というものは都合が良かったのである。

 かくして、教会は設立以来、最大の力を有するに至ったと言える。魔物の活性化すら、教会にとっては求心力を高める材料ですらなかったのである。

 

 さて、そんな聖ピエール大聖堂において、教会直属の武力、それが聖堂騎士団である。

 純真を示す純白の鎧に、犠牲を示す赤いマントがトレードマークの彼らは、平時は大聖堂の警戒、教会幹部の警護の任に当たっている。

 彼らは、教会が養育した孤児で構成されていた。親も知らず育った彼らは、生涯妻帯せず、ただ神と教会に仕える存在なのである。そう、彼らにとっての肉親は、神と教会であり、兄弟は共に戦う騎士団員なのである。

 現在の定員は、百。騎士に満たない従卒を含めても、僅かに五百人規模の兵力である。騎士団の兵力としては少ないが、彼らが直接的に戦争をするわけではないことを考えれば十分な数と言える。

 広大な聖ピエール大聖堂の地下、それが彼らの執務室であった。

 一人の騎士が、配下の騎士、従卒を連れて執務室に入って来た。広々として執務室の床には六つの棺が置かれている。

 その中には、忠興らとの戦闘で命を落とした騎士の亡骸が安置されていた。

「マルコ、ロゼ、ポーラ、ライオネル、ユスカー、ドミニク……」

 聖堂騎士団の団長である

   テオドール・カシムヘルム

は、その遺体の一体、一体の前で跪くと、声を掛け、頬に接吻をした。

 年は四十、豊かな黒髪に、鷲のように尖った鼻をしている。

 風貌からはポルテギア辺りの人種かと推測はされるが、その姓名は、帝国を構成する民族の特徴である。

 それは、彼が、帝国領のカシムヘルムという小さな街の教会で養育されて身であるからである。聖堂騎士団の面々の姓は、育った街、村の名から取っているのである。

 この様に、聖堂騎士団には民族の異なる者同士で構成されていたが、そんなことは些末なことであった。

 皆、等しく神の子であるということが、彼らの救いであり、団結の証であったのである。

「兄弟よ、これからは神の国を守り給え」

 そう祈ると、テオドールは立ち上がった。

「団長、恐らくはガラシャを名乗る魔女の一味かと思われます」

 横の騎士が進言する。

「そうか……それで、その魔女はどうしている」

 テオドールの柔和な眼差しが、俄かに険しくなった。そう言いながら、既に奥へと歩き始めている。


 地下牢は、執務室を越えた先にあった。

 一般庶民に対する異端審問であれば、何もバルカノが動く事も、聖堂騎士団が動くこともない。それぞれ、諸国の教会支部に委ねられている。

 しかし、王侯貴族に対する異端審問に関しては、教皇庁が出る必要があった。

 ただ、彼らに対しては、身体の拘束などは緩いもので、自身の城や屋敷に幽閉という名の蟄居処分の後に、奉納金により赦免されるというのが通常であった。

 だから、地下牢という物もあるものの、実際はほとんど使われていないというのが実情である。

 ただ、今回の異端者であるガラシャに限っては、その影響力を鑑みて聖堂騎士団が対処することになったのである。

 ガラシャの背後にポルテギアがあるからである。

 すでに、ポルテギア王や、イスパリオ王隷下のバセロナ伯爵令嬢などからも助命の嘆願書が届けられている。教皇庁としては、やはりこの人物については最大限の注意を払って対処するべきであるという意見が沸き起こっていた。

 その為、聖堂騎士団としてもガラシャに対して、拷問などは行っていなかった。

 彼らは、純真で敬虔な信徒であるとともに、神の為ならば如何なる残虐、苛烈な行為も許されるという教育の元で育ってきたのである。

 そんな彼らであるが、同行に応じたガラシャに手が出せないのは、何も教皇庁内での結論がどう転ぶか分からないという政治的な要因の他に、もう一つ直接的な理由があった。

「ほう……」

 テオドールが、薄暗い地下牢に入った。

 房は全部で六つあるが、現在はガラシャ一人しか入っていない。

 そのガラシャの房から、眩い光が漏れている。

「まだ、結界を張っているのか……、何という魔力よ」

 これにはテオドールも驚きを隠せない。ガラシャは牢に入って以降、結界の中に閉じこもり余人を近づけないのである。

 聖堂騎士団は、基本的に魔法の知識には疎い。それにしても、これ程の魔力で結界を張られれば余程の魔法使いでも破ることは難しいということは想像できたのである。

「貴様、いつまで強情を張っている」

 牢の前に立ったテオドールが、牢の中で祈りを捧げるガラシャに声を掛けた。

「そんなことがいつまでも続くと思うなよ」

 いつかは、結界も維持できなくなる。その時は、仲間の仇とばかりに散々と、この魔女を拷問に掛け、心の底からの神への慈悲の言葉を叫ばせてやると、テオドールは考えていた。

 彼は、教会に忠実で、仲間に誠実で、信徒に寛大な心を持った模範的な聖堂騎士であった。そして、神の敵と見なした者への苛烈さも、また同様に大きかったのである。

「神の愛に、限りなどありません」

 ガラシャが呟いた。

「バカな、異端者が神の御名を口にするなどと……」

 落ち着き払ったガラシャの態度に、テオドールが気色ばむ。やにわに、右腰から魔砲を取り出し、ガラシャの足元目掛けて放った。

 しかし、その弾丸はやはり結界に阻まれてポトリと落ちた。

「うぬ……」

 分かってはいたことではあるが、この魔力は何だという思いがテオドールに沸き起こる。

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