第45話 異世界の鉄砲

「あの武器はなんだ」

 忠興が、腹を抑えながらショウサイに尋ねる。魔法の弾丸を撃ち出す銃ということは分かっているが、その威力は尋常の物ではなかったのである。

「あれは、魔砲と呼ばれる聖堂騎士団の所有する銃です。魔力を込めた弾丸を使用することで、魔法を使えない騎士でも魔法を行使することができるのです」

 ショウサイの代わりにエンリケが、聖堂騎士団が持っていた「魔砲」を取り出し、説明する。

「そして、その弾丸の威力は、すなわちそれを込めた術者の魔力に依存します」

「あの威力から見て……恐らくは教皇クラスの聖魔法の遣い手によるものかと……」

 エンリケが目を伏せた。

 つまり、聖堂騎士団の騎士は、全てがあのクラスの魔法を行使できるということである。さらに、騎士として訓練された彼らは陣形を組み、さらには絶対の忠誠心も下に、死をも厭わない。

(これは、厄介な……)

 忠興も、敵の強大さを改めて認識したのである。

「でも、魔法に対する耐性はないし、通常の攻撃でも効くってところは付け入る隙はあるわね」

 ユリィが口を挟む。

 確かに、ショウサイの矢を受けて、一名が死亡した事実、忠興の一閃を受けて彼らが壊滅した事実を考慮するとそういうことになる。

「ほら、騎士ってすぐ魔法を外道といって煙たがるから……」

 ユリィが言う。

 騎士には騎士の受け継がれてきた武技があり、魔法は本来の騎士の技ではないという思想が、多くの騎士にはあるのである。

 それは、鉄牛騎士団のバセロナ伯のような古風な騎士の美徳でもあったのだ。

 しかし、魔王の登場以降、魔法の持つ力が見直され、若い世代には風の魔法を操るルシアや、ギュスター男爵家を継いだローラン卿など、魔法と武技を併せ持つ騎士も現れるに至ったのである。

 その点では、聖堂騎士団は後発であると言える。

 しかし、他の騎士と聖堂騎士団の騎士とでは、そもそもの存在理由が異なるのである。

 一般の騎士は、戦士であるとともに、規模の差こそあれ、領地においては領主なのである。そして、未だ知行地を持たない騎士であっても、そういう意識があればこそ領地を守るために技を磨こうというのは自然な考えであった。

 その為に、必要であれば魔法も取り入れていこうという気概があった。

 だが、聖堂騎士団は違う。

 彼らは領主ではなく、純粋な教会の戦士なのである。

 だからこそ、彼らは個人の武技を高めることよりも、いかに集団戦闘力を高めるかというこに注力しているのである。その結果が、個人が魔法を習得すのではなく、魔砲という皆が同じ戦闘力を有することのできる武器の開発に繋がったのである。

「銃か……」

 忠興は呟いた。

 忠興の主君、織田信長は足軽の槍を通常よりの長い三間に改めた「長柄衆」を組織した。さらには、鉄砲を集中的に運用もした。

 これは、集団戦において、個人の武勇を遥かに凌駕する戦果を挙げた。それと同じ事を聖堂騎士団も行っていると言える。

「このままでは、我らは武田家ですな」

 ショウサイが自嘲気味に笑った。彼もまた忠興と同様、長篠の戦いにおける甲斐武田家のことが頭をよぎったのである。

「タケダ……」

 エンリケが不思議そうな顔をした。

 忠興以下、細川家は長篠の戦いには参陣していない。しかし、三千丁とも言われた鉄砲が、武田騎馬隊を蹂躙した話は伝え聞いていた。

 圧倒的な火力と数の前には、個人の武勇はもはや発揮することすらできなかったのである。

 しかし、忠興はクククと笑みを漏らした。

「ワシは、勝頼殿とは違うぞ」

 低い声が、次第に高まる。忠興自身は、銃の威力を理解していたが、銃の遣い手という者が大嫌いであった。

 忠興は、細川家の砲術指南役稲富祐直の事を思い出していた。

 稲富祐直は、祖父から受け継いだ鉄砲の技術を稲富流砲術と標榜した男で、主家一色家が滅亡した後、細川家に仕官した。

 しかし、文禄、慶長の役では鎧を二枚重ねで着るなど見苦しい振る舞いがあり、忠興はそれを怯懦であると苦々しく思っていた。

 さらに極めつけは、ガラシャが大坂玉造の細川邸において自害した際に、その警護役であった稲富は、小笠原少斎などがガラシャに続いて自害した中、裏門より遁走したのである。

 そもそもが、鉄砲の専門家である稲富を、天下分け目の合戦(この時点では上杉征伐という名目)に連れていかないという所からして、忠興がいかにこの男を評価していなかったかが分かる。

 そして、稲富は忠興の予想を遥かに上回る醜態を演じたのである。

 忠興が、その報告を受け激怒したことは言うまでもない。

 所詮は、飛び道具と、数を揃えねばならぬ者、そういう考えが忠興にはあったのである。

「魔砲がいかほどな物か、分からせてくれるわ」

 ひとしきり笑い終えた後、忠興が言った。

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