第44話 敗北の後

忠興が、目覚めたのは、その日の夜だった。

 身を起こすと、腹部に痛みが走った。それが、魔法の弾丸の威力を物語っていた。

 巻かれた包帯を触りながら、忠興は周囲を見回す。どうやら宿屋のようである。

 簡素な部屋に、ベッドが二つ置かれていた。

 忠興の横のベッドには、ユリィが寝ている。

「おおっ、お目覚めか」

 感嘆の声のする方に、忠興が視線をやる。

「少斎か」

 そこには、ガラシャの従者である小笠原少斎ことショウサイがいた。

 どうやら、聖堂騎士団に襲われた窮地を救ってくれたのはショウサイのようだ。

「お前が助けてくれたのか」

 忠興が、ベッドから降りて尋ねる。

「はい、エンリケ殿も一緒です」

 忠興が、リビングに出ると、そこには椅子に座ったエンリケの姿もあった。

「ヨイチ殿、ご無事で何よりです」

 忠興に椅子を勧めながら、エンリケが言う。忠興は、礼を述べるとエンリケの横に座った。

「何故、お前らが」

 忠興が、ショウサイに尋ねた。いや、聞かなくても分かってはいる。

「あの時、ガラシャ様は我々に逃げるように仰せに……」

 それで、おめおめと逃げた訳か、と忠興がショウサイを睨み、立ち上がった。助けてもらった恩は、すでに忘れたらしい。

「あ……いや」

 慌てたショウサイが、すかざず弁解をする。

 主君であった忠興の性格は知っている。「小信長」と仇名された程、短気な性格である。しかも、それが妻ガラシャのこととなると、その沸点は瞬間的に達するのだ。

「これは、ガラシャ様のお考えあってのことなのです」

 後ずさりしながら、ショウサイが言う。

「ガラシャ様は、教会の不穏な空気を感じ取り、それでワザと捕らえられたのです」

 ショウサイが、平伏する。

 見かねたエンリケが、ショウサイを助け起こす。

「ワザと……だと」

 忠興が聞き返すと、今度はショウサイに代わってエンリケが答えた。

「そうです。教会が聖女ガラシャ様と、勇者ジュベー様を探して回っているという情報を入手したガラシャ様は、そこに陰謀を感じ取られたのです。そして、それならばと……」

「そこで、私は、ここでガラシャ様の動静を探りつつ、ショウサイ殿はガラシャ様を救いに現れるであろうヨイチ殿の力をお借りしようと街道で待っていたのです」

 忠興の顔色を伺いながら、エンリケも言った。

「……」

 忠興が黙りこくる。ここに来て、ようやく自分があわや聖堂騎士団に討ち取られる寸前であったこと、ショウサイらに助けられたことを思い題したのである。

「それで、珠はどこにいる」

 忠興が再び、椅子に座った。ショウサイが安堵の表情を見せた。

「ガラシャ様は、現在、聖ピエール大聖堂の地下に幽閉されています。これはバルカノに派遣しているポルテギアの神父からの情報で、間違いはないと思われます」

 エンリケが答える。聖地であるバルカノは、諸国の聖職者らを統括管理する立場にある。無論、彼らは神と教会に仕える身であり、王に仕える者ではない。

 しかし、その神父もまさかエンリケが、ガラシャの同行者であったとは露知らず、世間話のついでに口を滑らしたのである。

「聖ピエール大聖堂か……案内しろ」

 忠興が立ち上がる。負傷した体であったが、ガラシャの事を思えば、そんな事を気にしている余裕はなかったのである。

「お……お待ち下さい」

 それをショウサイが引き留める。

「聖ピエール大聖堂は、教会の本拠地です。もちろん聖堂騎士団の連中もいます。殿も、奴らの力は、身に染みたはず……」

 ショウサイが、必死に忠興を説得する。

「落ち着いてヨイチ」

 その時、寝室からユリィが姿を現した。横で、モーレットが跳ねている。

「無闇に乗り込んでいっても、死ぬだけよ。それに、それが奴らを刺激してガラシャさんに危害が及んだらどうするの」

 ユリィの言葉に、忠興も言葉を失う。

 忠興が、何よりも気がかりなのはガラシャの身、そして貞操であった。本来であれば、他の男がガラシャに見とれることすら許せないのである。

 しかし、事ここに至っては、ユリィの言うとおりガラシャの命を救うことを第一に考えなければならなかった。

「何だったら、俺が聖女様とやらの様子を探ってきてやるよ」

 モーレットが、そんな忠興を見かねて声を掛ける。

 魔力のない、ショウサイとエンリケには、モーレットの姿は目に映っていない様子である。

「頼む」

 忠興が絞り出すような声を上げると、モーレットは、そのまま部屋の外に跳ねて出て行った。

 精霊であるモーレットがドアをすり抜ける様子を、忠興が祈るような表情で見送る。

 これならば期待できそうだと、忠興は少し 安心したのである。

「それで、ショウサイさん。作戦はあるの」

 ユリィが話を進める。忠興主導では、話がこじれると思ったのである。

「ガラシャ様は、教会内に魔王の手先がいると考えておいでです。そこで、無闇な戦いを避け、その黒幕を暴く。そのために自ら敵陣に踏み入ったのです」

 ショウサイが、ガラシャの意図を伝える。

「恐らくは、教会は異端審問会の後、公衆の見守る中で、ガラシャ様を火刑に処すと思われます。そこを、狙います」

「そこで、ガラシャ様が神の御業を示し、さらには魔王の手先を討つ。これで、疑いも晴れましょうぞ」

 ショウサイが作戦を述べたが、心許ない計画に忠興は苛立ちを隠せない。

「奴らが、そんな悠長な事をする理由があるのか……いっそ……」

 闇の内に、ガラシャを葬った方が奴らにとっても都合が良いのではないのかと忠興は思ったもである。しかし、それを口にすることは躊躇われた。

「いや、ポルテギアの神父からもその点については確認を取れています。あくまで教会としては、ガラシャ様を異端者、魔王の手先として葬ることで、教会の権威を高めたいと考えている様子です。それに、教会には何といっても聖堂騎士団がいる」

 エンリケが、そんな忠興の胸中を察してか注釈を入れる。しかし、聖堂騎士団の力は確かに見過ごすことのできない問題であった。

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