第43話 神の騎士団

 モンテーニュから、バルカノまでは忠興は一気に駆けた。

 碌に休息も取らない強行軍である。

 やがて、

「あれが、バルカノか……」

眼下に街が見えた。

 その街に向かって、街道を多くの人が進んでいる。

「巡礼者ね」

 横からユリィが、忠興に説明した。

「バルカノは、教会の本拠地にして聖地よ。ポルテギアも、イスパリオもフロン、そして帝国、国は違えども神の教えは同じよ」

「教会に背くってことは、世界を敵に回すのと同じことよ」

 ユリィの声は震えていた。なるほど、魔物は恐ろしい存在であるが、鍛えた技と力で討伐することも可能である。しかし、一人の人間が世界を相手にするということは、もはや居場所をなくすということに他ならない行為であった。

 それでも、ユリィは忠興に着いてきた。

 それは、彼女自身が、神を信じる信徒として正義を見過ごすことができなかったからである。

「まずは、珠の居場所を探す」

 忠興が、ユリィに言う。

 ユリィが頷いた、その時である。

「伏せろ」

 忠興が、馬上からユリィに飛び掛かった。そのまま二人して、地面に転がり落ちる。

「いったーい」

 ユリィが呑気な声を上げた横で、既に忠興は刀を抜いていた。

「どうやら、迎えがきたようだ」

 忠興が呟いた。

「ほう、今のを躱すとはなかなか……」

 声のする方には、一人の男がいた。いや、その背後に五人の騎士を連れている。

 一様に純白の鎧を纏っている。

「あの恰好、聖堂騎士団だわ!」

 ユリィも慌てて、背中に担いだ杖を構えた。

 ヨハンより与えられた、魔力を増幅させる杖である。

 一方、忠興は、その先頭の男の手に握られた得物に目を見張った。

「あれは鉄砲か……」

 種子島と呼ばれた火縄銃よりは、ずいぶん小振りな銃である。

 これが、先ほど、馬上にいた忠興らを襲った物かと合点がいったのである。

「くくく、お次――」

 聖堂騎士団の六人が一斉に散開する。

 「食らうがいい」

 忠興らを取り囲んだ、聖堂騎士団が一斉に銃を放つ。

 しかし、銃口から出たのは普通の弾ではない。

(魔法!?)

 これには、忠興も驚いた。

 光の軌跡を描く。これは聖属性の魔法である。

「任せて!」

 ユリィが杖を振りかざす。

 一瞬で、忠興らを取り囲む氷の壁が現れ、光の弾丸を防ぐ。激しい音とともに氷の壁は崩れたが、光の弾丸も消し飛んだ。

「水を、さらに氷に変化させたのよ」

 ユリィが得意気に声を上げる。ヨハンの修行は伊達ではなかったし、ユリィも必死に食らいついた結果である。

「でかした」

 忠興が、そう言うと一気に駆けだした。刀に魔力を帯びさせる。

「おお……何と禍々しい」

 聖堂騎士団は、忠興の魔力に一瞬怯んだに見えたが、さらに態勢を立て直す。

 下がったかと思うと、次は三人一組になって忠興の正面と背後に立った。

 彼らは、得物が銃であるから、間合いを取っての勝負が望みである。しかし、忠興も遠距離の技はある。

「おおう」

 刀から魔力を飛ばし、正面の三人に放つ。

「主のご加護を!」

 三人の内の一人が、その飛ぶ斬撃に自ら走り込んでいく。

「――!」

 大の字になった、その騎士は忠興の斬撃をその身に受ける。

 それと同時にに、残った二人、そして背後の二人が銃を放つ。

「がはっ……」

 背後からの攻撃は、ユリィが魔法で防いだものの、前からの二発の内の一発が、忠興の腹部に命中した。

「ヨイチ!」

 おそらく、魔力で体を覆っていなければ即死であっただろう。それ程の威力であった。

 ユリィが忠興に駆け寄った。

「この……魔力は」

 忠興が、膝を着く。弾丸に込められた、魔法の威力が想像以上だったのである。

「くくく、これぞ我ら聖堂騎士団の魔砲よ」

 正面の騎士が勝ち誇った声を上げた。

 忠興の斬撃を受けた騎士は、生きてはいまい。何の躊躇もなく、自らの命を犠牲にする。

(まずい……)

 命を捨ててことを厭わない者ほど始末に困るものはない。

 それは、かつて織田信長を散々に苦しめた一向宗と同じである。仏であれ、神であれ信ずるもののために命を捨てる者ほど、厄介ない敵はいない。

「畜生……」

 ユリィが氷の壁を張る。

「無駄だ」

 しかし、五発の弾丸を受け、それも崩壊する。

(向こうの弾切れが先か……、私の魔力が尽きるのが先か……)

 忠興を抱きかかえながら、ユリィは考えた。

 しかし、考えたところで結果は分からない。ただ、氷の壁を壊されては創り、創っては壊されるだけであった。

 そして、その中で、忠興に回復魔法も施しているのである。

 魔力の増幅は杖が担ってくれている。

 しかし、異なる魔法を同時に使うのは、ユリィの個人的な能力である。ヨハンの元で身に着けたものであるが、圧倒的に魔力を消費する。

 四回目の壁が壊された。

 もはや、ユリィは壁を創ることはできなかった。それどころか、魔力を限界まで使い果たした彼女は、そのまま大地に倒れ込んだ。

「終わったな」

「神の裁きを受けよ、悪魔め」

 ここぞとばかりに、騎士団が銃を放つ。忠興は、ユリィのお陰で幾分か回復していたが、攻撃に転ずる余裕はない。

 ユリィを抱えて、転がって身を躱した。

「往生際の悪い……」

 騎士が悪態を吐く。

 このままでは、嬲り殺しの目に合うのは明らかであった。

「大人しく、死……」

 聖堂騎士団の一人が言葉の途中で、突然バタリと倒れた。

「何もの!」

 すかさず、一同が背後を見る。

 さらに、そこに矢が降り注いだ。

「殿! 今ですぞ」

 聞き及んだ声が、忠興に掛けられる。

「おおおおおおおおおお」

 忠興は、最後の力を振り絞ると、狼狽える聖堂騎士団に向かって刀を薙ぎ払った。

 背後からの突然の攻撃に、隙を見せた聖堂騎士団は、忠興渾身の一撃を受けて壊滅した。

(やった……か)

 しかし、その戦果を見ることなく、忠興は気を失っていた。


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