第42話 バルカノへ

 忠興は、駆けた。

「すまぬが、踏ん張ってくれ」

 そっと首筋を撫で、黒松に労いの言葉を掛ける。昼夜を問わず、碌に休憩も取らなかった。

 ひとまず、モンテーニュまで戻り、ヨハンから教会の情報を聞き出したっかった。

 結果、通常は十日はかかる道のりを忠興は三日で走破した。

 モンテーニュについても、忠興はそのまま魔法大学に乗り付けた。

「ヨイチ―」

 それをユリィと、学生たちが迎える。忠興の魔力を感じ取ったヨハンが寄こしたのだろう。

 ユリィは、懐かしさからか大きく手を振った。

「どうどう」

 ここで、初めて忠興は馬を降りた。黒松はすっかり疲れ切っている。

「馬を」

 そう言って来た学生に忠興が、黒松の手綱を手渡す。

「頼む」

 忠興の言葉に、学生が頷いた。そして、そのままヨハンの研究室を目指した。

「ユリィ、珠が教会に捕らえられた」

 足早に進みながら忠興がユリィに告げる。

「もちろん知っているわ」

「ガラシャさんは、結局、魔法大学には寄らずに方々で集めた情報を元に、勇者様と会うために東部を目指したみたいなの」

 忠興に並びながら歩くのがキツイのか、ユリィの息は弾んでいる。

「その途中で、魔物退治をしていたらしくて、結構、有名になったみたいね。ポルテギアの聖女様って……」

 「それで、教会に目を付けられたという訳か」

 ユリィが頷く。そうしている間に、二人はヨハンの研究室まで到着していた。

「ヨハンも、ガラシャさんの魔力はあまりに大きすぎるから気にはしていたのね」

 ユリィが扉を開ける。ヨハンはソファに座り、戻った忠興に席を勧めた。

「よく、戻られました。さぁ、挨拶は置いておきましょう」

 忠興の心情を察してか、本題に入る。

「ガラシャ様が拘束されたのは、七日前です。場所は、帝国領との国境近い街ルヨン。ルヨンでの聞き込みをした者の話では、ガラシャ様は抵抗することなく連行されたとのことです」

 ヨハンが告げる。ヨハンは、ガラシャの異変を察するや否や、人を派遣し、調査を行ってくれていたのである。

「あの方は、真に神の遣い。私には分かります」

 ヨハンが、目を伏せる。

「何としても、世界の為に彼女を救出しなければなりません」

 忠興にとっては、世界のことは知ったことではないが、ガラシャを助けるということに異論はない。

「それで、珠は今どこにいる」

 忠興が、ヨハンの話を遮る。

「ガラシャ様はすでに、バルカノに幽閉されています。遠からず異端審問が始まると思われます」

 ガラシャが捕らえられたと聞くだけで、忠興は心臓が掴まれたような動悸を覚えるのである。

 かつて、ガラシャの父である明智光秀が京、本能寺で主君織田信長を討った際には、ガラシャを守るために幽閉したこともあった。

 また、関ケ原の折にも、忠興は出陣に際してガラシャには「人質にはなるな」と厳命していたのであった。それは、ガラシャが石田方の人質となれば細川家として不利であるからだけではなかった。

 ガラシャが、他の男の手に落ち、慰み者にでもされたらと思うと胸が張り裂けそうになるからであった。それならいっそ……死んでくれた方が、そう思うのである。

 そして、その通りにガラシャは人質を拒み、死を選んだ。

 今、こうして何の因果か、死んだガラシャと会うことができた奇跡を忠興はもう失いたくはなかったのである。

「バルカノに行く」

 忠興は、立ち上がった。

「バルカノには私からも彼女を解放するように嘆願書を出しております」

「しかし、教会の意思は覆らないと思います」

 ヨハンも立ち上がる。

「彼女こそが、勇者と並ぶ、魔を払う世界の光。何としても助け出さなければなりません」

「教会直属の聖堂騎士団、彼らには気を付けて下さい」

 そう言うと、ヨハンは扉を開けた。

「バルカノにも魔王の手の者が潜入していると思われます」

 ヨハンが深刻な表情で、忠興に注意を促す。

 魔王の手の者には、外部から以外にも、内部から人間社会を破壊しようとする者もいるということであり、愚かな人間の中にはその口車に乗ってしまう者も少なからずいるということであった。

 忠興の後ろにユリィが続く。

「私も行くわ。ヨハン先生の下で多少はレベルも上がったから期待していいわよ」

 自信有り気な声である。

「うむ」

 忠興が歩きながら答える。

 二人が表に出ると、学生たちが馬を用意して待っていた。

「黒松は、少し休ませないといけません。代わりの馬を」

 学生から、馬を受け取ると忠興は、さっと馬に跨った。

「行こう」

 馬の腹を蹴ると、あっという間に駆け出していた。

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