第40話 短気

 そして、翌朝――

 改めて、ベアトリスと忠興は王子に召喚を受けた。

 控室で休んだものの、忠興は寝不足からか、深酒のせいか疲れが残っていた。

 それはベアトリスも同様である。

「ほほほ、目の下にクマが出来とるぞ」

 そう言って笑う彼女も、目に下のクマを隠す為だろう、いつもよりも化粧が厚い。

 二人は、衛兵の案内で王の間へ入った。

 すでに、玉座にはフロン王国の国王であるシャーリ十五世が腰を下ろし、その傍にはジュリアン王子、ローラン卿も控えていた。

 シャーリ十五世はやや神経質そうな青白い顔を忠興とベアトリスに向けた。

 長きに渡る内乱、そして昨日のヘルマン卿の謀反という政争の波が、王を猜疑心の塊としたのであろう。

 王子を救った英雄を見る目にも、どこか冷たさが宿っている。

「此度の働き、見事である」

 まずはお決まりの文句が、跪いた忠興とベアトリスに掛けられる。

「そこでだ、褒美を取らす」

 ベアトリスの肩がわずかに動いた。

「お主は元々は平民の出であったな。ギュスターの名に思い入れもあるまい」

「よって、以後はそなたの父にヘルマン卿の伯爵位と領地を与える。以後はそなたの家はヘルマンを名乗るが良い。」

 ベアトリスがははぁーと平伏する。

 平民出から伯爵とは、破格の出世である。ベアトリスは、王を前に己では慎ましくしているつもりであるが、あまりのことに体が小刻みに震えている。

「そして……オスカー」

 王が、ローラン卿を見る。

「お前は、武勇はあれど政争を知らぬ。貴族社会というものを学ぶ必要がある」

 叱っているような言葉であるが、言葉とは裏腹に、口調は優しい。

「さて……ギュスター家には残された娘がおる。お前はここに入り婿として入り、ギュスター男爵として領地の経営から学ぶが良い。その方が今後、ジュリアンの助けにもなろう」

 ローラン卿が、あまりの沙汰に身を強張らせる。本来であれば、王子を護衛するという任務に失敗した咎を負わされても仕方ないと思っていたところが、最愛の女性との結婚、そして他家の相続という形ではあるが爵位を与えられたのである。

 これは、ジュリアン王子からの働きかけのお陰でもあった。

 また、王としても、後継者であるジュリアン王子のために、絶対に裏切らない股肱の臣を育てたいという思いもあったのである。

「そして、そこの騎士よ」

 最後に王が、忠興に声を掛けた。

「お主、本当は何者だ。フロンの騎士ではあるまい」

 騎士は、通常、先輩である騎士に見習いという形で仕えることから始める。

 それは、貴族であっても同じである。

 そういった修行期間を経て、晴れて一人前の騎士となるのである。

 そして、騎士となった後は、戦場以外でもは馬上試合などを通して武技の成果を広く示すのである。

 無論、名のある騎士であれば、それらの折に王や諸侯の目に留まる。

 忠興がフロンの騎士であるならば、その実力から誰も知らないということはないのである。

「は……では、申し上げます」

 忠興は、事の経緯を正直に告げた。

 この猜疑心の強い王に対しては、下手に取り繕った嘘を並べるよりも、ありのまま正直に言った方が良いというのを感じたのである。

「ふむ……」

 王は、忠興の話を聞き、少し考えこんだ。

 その時である。

「ご注進、ご注進!」

 一人の騎士が息を切らして部屋に駆け込んで来た。

「何事だ」

 ローラン卿改め、ギュスター男爵が、その騎士に諮問する。

 しかし、報告を受け取ったギュスター男爵の顔がみるみる蒼白と化した。

「オスカー、どうした」

 ジュリアン王子が、そんなギュスター男爵に声を掛ける。

「ここには側近しかおらぬ。遠慮なく申せ」

 王も尋ねる。

「は……」

 ギュスター男爵は、威儀を糺すと、王の前に畏まり、

「現在、聖都バルカノの教皇が、我が国に対して破門を宣言、さらに帝国に討伐を命じたとのことでございます」

 報告したギュスター男爵も、信じられないといった口調である。

「バカなっ……」

「何故じゃ?」

 王も、驚きのあまり立ち上がった。

「心あたりはない……と、申されるか?」

 そこに、白装束に身を包んだ男が入って来た。

「猊下からの御言葉である」

 その男が、そう発するや否や、王までもが跪いた。男は教皇の特使であった。

「神の僕たるシャーリよ。そなたはその部下にしか過ぎぬジュベーなる騎士を神の御遣いなどと喧伝し、神を冒涜した」

「さらには、そこにおる騎士のような闇の魔力を帯びた臣下まで集め、神に背くばかりか魔王への加担は明らかである」

 忠興のことまで、この特使は把握しているのであった。

「と……特使様……それは誤解にございます」

 王が縋るように声を出す。

「黙れ! ならば即刻、不届きなるジュベーと、そこの騎士を差し出し、神に許しを請うが良い」

「近頃は、神の遣いを吹聴する者が多くて叶わんわ。つい先日も、聖女とか言う小娘を捕らえたところよ」

 特使が居丈高に言った。

「聖女……だと?」

 忠興が立ち上がった。

「貴様、無礼な! 跪けい!」

 特使が声を荒げたが、忠興は意に介さない。そのまま、特使に近づいて行く。

「無礼者、斬れ! 斬れ!」

 特使の命令に、ようやくギュスター卿、周りの騎士が反応した。

「おい、坊主。その聖女とは、ガラシャという名か?」

 忠興が尋ねる。

「何だ貴様、だったらどうだと言う――」

 その次の言葉を特使は継げなかった。目にも止まらぬ忠興の抜き打ちは、一瞬の内に特使の首を落としていたのである。

「騎士……どの」

「何ということを……」

 周囲に動揺が走る。教皇の特使とは、絶対に侵してはならない存在なのである。

 しかし、忠興にとっては、そんなことは知らない上に、珠に危害を加える者は全て敵であった。

「む……」

 忠興が、一つ後悔したのは、この特使から珠の情報を聞き出すべきであったというだけであった。

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