第38話 貴族の誇り

「誰だ!」

 室内にいたヘルマン卿が、驚いた声を上げた。

 既に王子は、縄で縛られ、猿轡を嵌められている。その周囲を屈強な騎士が取り囲んでいる。

 いずれも鎧は着ていないものの、剣を帯びている。

「コイツら、王子を手土産に、帝国方に寝返るつもりだぜ」

 モーレットが忠興に知らせる。

「ギュスター男爵が娘、ベアトリス。王子の危険を察知し救出に参上仕った」

 忠興が芝居じみた声で名乗る。ベアトリスは、その後ろで状況を飲み込むために、忠興とヘルマン卿、王子の顔を交互に見ている。

「貴様か……」

 ヘルマン卿が、ふぅと息を吐き出して口を開いた。

「流石だな、どうだ? この件に乗らんか」

 意外にも、ヘルマン卿はそう申し出たのである。パーティーの序盤での握手の折に、忠興がヘルマン卿に感じたように、ヘルマン卿も忠興を一門の武人と見抜いていたのである。

「そこの小娘、貴様もどうだ? この王子を連れていけば手柄も思いのまま。金で買った貴族などと嘲りを受けることもないぞ。その騎士を説得せい」

 ヘルマン卿がベアトリスに語り掛ける。ヘルマン卿としても騒ぎを避けたいというのが本音なのだろう。

 ベアトリスが忠興の顔を見る。忠興は、ヘルマン卿を見据えたまま言う。

「ご令嬢、貴族の在り方を教えてやれ」

 ベアトリスが頷いた。

「ほほほ、売国の徒が何を偉そうに。わらわは、金で誇りを買っても売るつもりはないわ!」

 声が震えているが、そう言い切ったベアトリスの肩を忠興がポンと叩いた。

「うぬっ……」

 ヘルマン卿と、その周囲の騎士が剣を抜いた。

「ヨイチ!」

 忠興は丸腰である。しかし、

「はははははははははははは」

堰を切ったかのような笑い声を上げると、忠興は一気に間合いを詰めた。

「愚かな、斬り捨てろ」

 ヘルマン卿が騎士に命じる。

 しかし、ヘルマン卿は忠興の力を見誤っていた。

(剣に乗せられるのなら……拳にも……)

 忠興が、両拳に魔力を集中させる。

「おおおおおおおおおおあああ」

 それを、向かってくる騎士たちに突き出す。紫色の光線が迸り、騎士たちを弾き飛ばす。

「ふぅむ……やはり刀の方がしっくりくるな」

右拳を見ながら忠興が呟く。

「さて……と」

忠興が、王子を人質に取ったヘルマン卿を睨む。

「闇の……魔法……」

 呆然として顔をしたヘルマン卿であったが、すぐに顔に闘志が戻るところが腐っても。歴戦の騎士である。

「王子、ご覧下さい。あの者を、闇の魔法ですぞ」

「すでに、王国内は魔王の手が及んでいるのです。手荒なことを致しましたが、全ては王子をお救い致すためなのです」

 あろうことことか、王子を助けに来た忠興を魔王の手先に仕立て上げるという口八丁である。

 しかし、そんな事が通用しないのは現場の状況が物語っていた。

「救われないのは貴様だな」

 忠興が、床の剣を手に取って振って見せる。

「ぐ……」

 追い詰められたヘルマン卿が、剣を王子の首元に当てる。

「動くな! 騒いだら王子の命はないぞ」

 血走った目で、押し殺した声でヘルマン卿が忠興に詰め寄る。事が失敗すれば王子を殺して、自分も死ぬつもりであろう。そうしたとしても、一族には帝国から報酬が出るのであろう。

 覚悟の決まった顔である。

 しかし、その間にモーレットが王子の縄を解いていることに、ヘルマン卿はもちろん気付いていなかった。

「離せ」

 両手が自由になった王子が、抵抗したことでヘルマン卿が怯んだ瞬間には、すでにその

腹には忠興の蹴込みが食い込んでいた。

「ヨイチ、殺してはならん」

 ベアトリスが心配して声を掛けたが、元より殺す気であれば、蹴らずに斬っている。

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