第37話 陰謀
宴は、夜を徹して行われる。
ゲストは、途中で退席しては控え室で衣装を変えたり、休息を取るのである。
それだけではない、恋に落ちた男女が一組一組と消えていくのもパーティーのお決まりであった。
ローラン卿とソフィアの姿も見えない。
「久々に再開してお熱ってところかねぇ」
モーレットが忠興に話しかける。忠興は、黙々とワインを口に運ぶ。いくらかは練習したとは言えども、女性を誘って踊ってみる気にはなれないのである。
「しかし、旦那。妙だとは思わないか」
忠興が、赤くなった顔をモーレットに向けた。
「だってよ、ソフィアは何で今日、わざわざこんな真似をしたんだ?」
「確かに侯爵と男爵じゃあ家格は釣り合わねぇけど、庇護くらいはしてもらえたろう……なのに、メイドなんて続けなくてもローランの元に逃げ込めば良かったんじゃねぇか」
忠興がむっと息を呑む。
「内乱で連絡が付かなかったんだろ。ローランも戦だったろうしな」
しかし、自分で言いながら忠興も不審な点を感じていた。
「人間ってーのは知恵が回る分、魔物よりも恐ろしい時もあるもんだ」
モーレットが呟いた。
(確かにモーレットの言うとおりだ……)
忠興も内心、頷く。離れ離れになった恋人同士を引き合わせるためか……、そう考えることもできる。
(二人をくっつける事で……何が起こる)
ふと、忠興が顔を会場に向けた。その先には、気を取り直し、王子らと談笑するベアトリスの姿があった。
平民出の娘が、王子、そして早々たる貴族、淑女と肩を並べて談笑する。蔑む視線を受けながらも、ベアトリスとしても必死に自分を売り込む正念場であった。
そして、忠興と同じ様に、会場の端にいる男たちの姿も視界に入った。彼らは、忠興と同じく騎士である。
騎士という身分にはあるが、貴族社会においては末端であり、貴族の護衛、従者として同席しているに過ぎない。
(そうだ……)
忠興は、気付いたのである。
今、ここに護衛のいない貴族がいることにである。
ジュリアン王子は、流石にパーティーのホストであるから、かいがいしく愛想を振りまいて歩いている。
そこへ、近づいて行く男がいた。ヘルマン卿である。
ヘルマン卿が、王子に何やら耳打ちをする。すると、王子は驚いた表情を見せたものの、静かに頷き、ヘルマン卿に続いて会場から出て行く。
(これか……)
忠興にも合点がいった。
「行け」
忠興は、モーレットに後を付けるように促す。
「合点承知」
モーレットも、喜び勇んで跳ねて行った。
「お嬢様」
忠興がベアトリスに声を掛ける。非常事態であるが、それを彼は楽しんでいたし、どうせならこれを仮初の主人への手向けにしてやろうという意趣が起こったのである。
「どうしたの、ヨイチ」
ベアトリスが戻ってきた。王子らとの歓談は流石に緊張したのか、言葉とは裏腹に、口調には砕けた感じがにじみ出ている。
「王子が危ない。付いてこい」
そう言うと、忠興は足早に歩き出した。
モーレットとは、離れていても魔力を通して会話が可能である。モーレットから、王子らの移動経路が伝えられる。
忠興の後を、ドレスの裾をたくし上げたベアトリスが追う。
(刀が……ないな)
ふと、腰の軽さに忠興が気付いた。剣は、パーティーには持ち込めないので預けたままなのであった。
(まぁ……良かろう)
不思議と笑みが漏れる。これは忠興にとっては余興のような物であった。
「どこへ行こうというの、ヨイチ」
立ち止まった忠興に、ベアトリスが追いついた。
その口を忠興が塞ぐ。
「むぐ……お前……いかん」
ベアトリスが顔を、忠興の手から離す。
「そんな……わらわとお前は……主人と家臣じゃ……ぞ」
頬を赤らめるベアトリスを見て、忠興は
(コイツ……何を勘違いしている)
と、ため息を吐いた。
「ここだ」
そう言うと、忠興はベアトリスの腕を掴みながら、目の前の扉を開けた。カギはモーレットが開けてくれているのである。
「あ……そんな」
ベアトリスが、恥じらうような声を上げたが、忠興は無視して部屋に押し入った。
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