第33話 周旋活動

 五


 忠興らが、パリースに到着したのはパーティーが始まる一週間も前であった。

 宿泊所は、王都内のギュスター家の屋敷である。他の貴族らも、このように領地とは別に、王都に屋敷を持っているのである。

 パーティーまで一週間あるとは言っても、それまで、ゆっくりする訳にはいかなかった。

 忠興としては、勇者の情報を集めたいとは思ったが、王宮で聞き込むのが最も有力な手立てであると思われた。

「さぁ、ヨイチ。行きますわよ」

 屋敷に着いて一息ついていた忠興に、めかし込んだベアトリスが、ソフィアを伴って声を掛けた。

 貴族たちへの挨拶周りである。

 ベアトリスは、忠興とソフィアを引き連れ、王都中の有力貴族を訪ねて回った。直接面会ができる貴族ばかりではない、大半は使用人に袖の下を渡し、持参した金品を配って回るのである。

 もはや、パーティーよりもこちらが目的ではないのかと言うような忙しさである。

「元々、王子様がベアトリス様を選ぶなんてことはないからな……」

 忠興に、同行した兵士が話しかける。

「王子様のお相手は、どこぞの王女に決まってら……ただ、そのパーティーで他の有力貴族の子弟に見初められようって肚なのさ」

 忠興は、それを聞き流しながらも、内心では

(成程な)

と頷いていた。

 しかし、この挨拶周りで忠興はこの国の中に燻る問題点に気が付いていた。

 アンリ伯爵や、ノーウェン男爵などと名乗っている輩が、ギュスター男爵と同じく平民から貴族に成り上がった者なのである。

 長きに渡る内乱は、王制、貴族社会を大きく揺るがしていたのである。

(この国も長くはあるまい)

 権威の崩壊と、平民階級の地位が向上したことで、必ず下克上の嵐が吹くと思うのである。

 内乱は、さらなる闘争、そしてそれは新たな英雄の到来まで続くことだろう、そう、彼のいた世界が、応仁の乱から戦国時代を経て、織田信長、豊臣秀吉らによって天下統一がなされたようにである。

「いやぁ、ギュスター家ではなかなか良い騎士を抱えておりますなぁ」

 忠興の顔を見て、成り上がりの貴族が口を開いた。

 忠興は、権威というものには余り拘らない男である。自身は、室町幕府の奉公衆の家に生まれながらも、戦乱の中で自らの力で地位を確立してきたとの自負があるからである。

 だから、この貴族に対しても、

(武人ではない)

とは思うものの、この男も何らかの才覚でこの乱世で、己の地位を築いてきたと思えば腹も立たなかった。

 しかし、こう一日中、気を使って回るのは流石に疲れを感じるのであった。


 そして、ようやくパーティーの日がやって来た。

 ベアトリスが、真っ赤なドレスに身を包んで部屋から現れた。ベアトリスが、何か言いたげに忠興の顔を見る。

 それを受けて、

「余りの美しさに、言葉を失いました」

忠興が取って付けたようなセリフを吐いた。その後で、これで良かろうとばかりに、口元で笑ってみせる。

「多少は世辞も上手くなった」

 ベアトリスが、口元を隠して笑う。しかし、忠興もベアトリスの姿を見て美しいと思ったのは事実であった。

 後ろに控えるソフィアも、こちらは青いドレスを纏い、いつもの召使い姿とは見違えた美しさである。

 忠興もすでに、礼装に着替えている。髪も髷を解き、油で後ろに撫でつけている。

「それでは参るか、お嬢様」

「おなごの戦場に」

 忠興が、ニヤリと笑う。これに、ベアトリスも我が意を得たりとばかりに笑顔で応えた。

 一行は、馬車に乗り込むと王宮を目指した。

 今日ばかりは、忠興も馬車に乗り込む。

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