第34話 開宴

 王宮は、今から三百年前に建築された宮殿である。

 日が間もなく落ちようとする中で、煌々と燭台の火が灯る。

「豪勢な物だな」

 忠興が窓から、その光景を眺めていった。王家にそれ程の蓄えはないのは分かっていた。

 つまりは、王子の結婚を理由に、他国に支援を要請するというのが本来の目的なのであろう。

 これまた着飾った衛兵に、馭者がギュスター家の紋章を示して、来意を告げる。

 門の前には、多数の馬車でごった返す有様である。

「ソフィア、あの馬車は?」

 ベアトリスが、ソフィアに尋ねる。

「あれは、ポルテギア王家の紋章ですね。盾の下に薔薇が三つ……ですから第三王女イザベラ様かと……」

 ソフィアが、紋章から馬車の中の人物を推察する。

 この世界の貴族は、家だけではなく、個人が紋章を持っている。一定の規則制の中にも僅かなデザインの差があるのであろう。忠興には、獅子と盾ばかりの同じものにしか思えない。

「ポルテギアまで来ておるのか……お、あの紋章は、わらわも知っておるぞ」

 ベアトリスは身を乗り出す。

「あれはローラン卿であろう」

 目を輝かせて言う。

「……」

 興奮するベアトリスをよそに忠興が、下を向く。モーレットに誰だと言いたそうに目で訴える。

「内乱で活躍した騎士様さ、稀に見る美男子とのことだぜ」

 忠興の懐でモーレットが詰まらなそうにぼやいた。

「しかし、ローラン卿まで来てるとなると、勇者様も王宮にいるかも知れないな」

 モーレットの言葉に、忠興が小さく頷いた。

 そうやって、ようやく馬車が王宮に入るまで一時間を要した。

 パーティーは、夜を通して行われる。

 大広間には、すでに多くのゲストが談笑を交わしている。そこに彩を添えるように音楽隊が演奏を流す。

 ソフィアは、控えの間までしか入ることを許されていない。その一方で、忠興は騎士という身分から、この場への入室を許されている。

 テーブルに、並べられた料理が忠興の目に入る。

 給仕からワインを受け取り、忠興はテーブルからハムを一切れ掴む。

「む……これはなかなか」

 料理にも五月蠅い忠興であったが、流石に一流の王宮料理人が作った物である。もう一つかみと手を伸ばす。

「ヨイチ」

 それを、ベアトリスがたしなめる。

「おお、ギュスター家のご令嬢」

 そこに、髭を蓄えた貴族が話しかけて来た。

「あら、ヘルマン卿」

 その、男は、ベアトリスの胸元に視線を移しながら、

「王子様の花嫁に立候補かね。ははは、ワシもあと二十年若ければな」

などと言う。

「ほう、そちらの騎士は?」

 ヘルマン卿が、忠興を見た。それまでの柔和なスケベ顔に、一瞬殺気が走ったことを忠興は見逃さなかった。

「当家に使える騎士ヨイチですわ」

 ベアトリスが、自慢気に答える。

「どうぞお見知りおきを」

 忠興が握手を求める。

「こちらこそ」

 握り返したヘルマン卿の、手の感触を忠興は確かめた。

(こいつは……なかなか)

 掌に、剣ダコがある。この男は武人である。

 固く握手を交わす両者にベアトリスが割って入る。

「ねぇ、ヘルマン卿。あの、伝説の勇者という者が王宮におりますでしょうか?」

 ベアトリスも、自身の持つ美しさと、その肉体に自信があるのであろう。甘えるような口調で聞く。

 これは、忠興との約束であった。それを、ベアトリスは忘れずに履行しているのである。

「おお、これはお嬢様は王子だけでなく、勇者まで狙っておるか。ははは、大したものですな。ワシなどはお呼びでないな」

 大げさに、ヘルマン卿が驚いてみせる。

「ジュベー卿ならば、今は帝国との前線まで出陣しておりますわ」

「平民出ゆえ、このような場には馴染まんのでしょうな」

 その言葉は、ベアトリスを揶揄したつもりはなかったのかもしれない、貴族の本心がつい出たのであろう。

 しまったとばかりに、言葉を飲み込むヘルマン卿に、ベアトリスが笑顔で礼を言う。

 バツが悪いのか、ヘルマン卿はそのまま立ち去っていった。

「ふん、国の為に戦っているのはどっちよ」

 その背中に、ベアトリスが小声で愚痴を投げかける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る