第31話 雇われ騎士

忠興は、馬車に続いて進んだ。馬車は、街の奥まで行く。

「生意気な女だったな」

 モーレットが、懐から顔を覗かせて、不平を言う。

 忠興も同感だとばかりに頷いた。

 やがて、馬車は豪華な大理石の門に入る。

「どうやら、領主の屋敷のようだな」

 忠興が奥の二階建ての建物を眺めて言った。

「さっ、付いてらっしゃい」

 馬車から降りたベアトリスが、忠興を屋敷へと誘った。

 ドアの召使いが開ける。

「お父様、戻りました」

 ベアトリスが、中に入るなり大きな声で言う。その声を聞きつけたのだろう、一人の小太りの男が二階から降りてきた。

 ベルナール・ド・ギュスター男爵である。

「おお、べアトリスお帰り。そちらの騎士は?」

 相好を崩してベアトリスを迎えた男爵であったが、忠興の姿を見て、表情を強張らせた。

「イスパリオ魁星騎士団の騎士、ヨイチよ」

 ベアトリスが忠興を紹介する。忠興が礼をする。

 しかし、心の中では

(この男は武人ではない)

そう思っていた。

「何っ……イスパリオの」

 慌てる男爵に、ベアトリスが耳打ちをする。すると、男爵も忠興に笑顔を向けた。

「まぁ、こんなところでの立ち話もなんですから、奥にどうぞ」

「さあさあ、どうぞどうぞ」

 腰を低くして、忠興を奥に招いた。

(貴族の取るべき態度ではないな)

 その態度を、忠興は冷たい目で見ていた。


 応接室に通された忠興は、ソファに腰を掛けた。

 男爵が、忠興にフロン王国への用向きなどについて質問する。

「そうですか、伝説の勇者に会いに……それはそれは、さぞヨイチ殿も立派な騎士であらせられることでしょうから」

 おべっかを言う。

(早く本題に入れば良いのに)

 と、忠興は苛立つ気持ちを抑えるのであった。

 その時、部屋に一人のメイドが入って来た。手には飲み物を載せたトレイを持っている。

「遅い! 大事なお客様をどれだけ待たせるの」

 ベアトリスがそのメイドに激しい叱責を投げかける。

「申し訳ございません、お嬢様」

 メイドは、十代半ばの少女である。申し訳なさそうに、忠興の前にコップを置いた。

「まったく、ホントにグズね、ソフィアは……」

 嘲るように、ベアトリスが笑った。

「失礼します」

 そのメイドは何度も頭を下げて、部屋から出て行った。

 他人が叱責を受けるのを見るのはあまり良い気分ではない。忠興は、視線を窓の方に向けて、その場に無関心を装った。

「ごめん遊ばせ」

 ベアトリスが、先ほどとは、打って変わった態度で忠興に笑顔を向けた。

 しかし、目までは笑っていない。白々しさが、ありありと見てとれる。

「で、ワシに何の用だ?」

 飲み物に口を近づける。

(む……何だ、この優雅な香りは……)

 忠興の様子に、ギュスター男爵がにこやかな顔で話しかける。

「いい香りでしょう。修道士らから頂いたハーブで作った茶でございます」

(茶……これが茶か……)

 忠興が、クンクンと鼻をコップに近づける。忠興は元の世界では、茶道においては一目置かれていた人物である。

 茶と聞いて、俄然、興味を引かれたのである。

「へぇ、田舎騎士だと思ったけど、ローズティーの良さは分かるのね」

 ベアトリスが鼻で笑う。

 そんな嫌味を無視して、忠興はハーブティーを口に運んだ。

「うむ……」

 口に合う。芳醇な香りとともに、爽やかな風味が口の中に広がる。

(これを淹れたのは、さっきの召使いか……)

 忠興は、先ほどベアトリスに叱責を受けたソフィアというメイドの姿を思い出していた。

 茶の神髄は、もてなしの心にある。

 ベアトリスは怒っていたが、この茶の味を出したソフィアに対して、忠興は同好のよしみを感じたのだった。

「ねぇ、騎士さん。あなたに護衛を頼みたいの」

 ベアトリスがニヤリと笑った。

「実はの……」

 ギュスター男爵が補足の説明を加える。

「今度、パリースでさるパーティーが催されるのだ。その実は、ジュリアン王子の花嫁を選ぶというもの……」

「そこで、腕の立つ騎士に、パリースまでの娘の護衛、従者を務めてもらいたい。と、こういう訳だ」

 ギュスター男爵が揉み手で、忠興の顔色を伺う。

 その様子を見て忠興は、再び思った。

(やはり……この男は違うな)

 これまで、この世界に来てから忠興が見た王や領主は、いずれも為政者でありながら武人であった。

 それは、この世界が人間同士の戦争、魔物との闘争という問題に直面しているからであり、為政者はその最前線に立つからである。

 しかし、この男からは、そういった戦場の風を感じないのであった。

「もちろん、報酬は弾むわよ」

 ベアトリスが有無も言わさぬ強い口調で、忠興に決断を迫る。

 その様子を見ていた、モーレットが懐から顔を覗かせる。

「別に良いんじゃないですか旦那。貴族の伝手があればパリースの王宮にも入れる、こっちとしても悪い話じゃありませんぜ」

 この声は、忠興の脳内に語り掛けているもので、ベアトリスらには聞こえていない。

 確かに、モーレットの言うことは一理あった。

「よかろう」

 忠興が、飲み干したコップを、テーブルに置いた。

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