第30話 悪役令嬢登場!
谷を抜けたのは、四日目のことである。
「見て下せえ、旦那。あれがヨソワーの街です」
開けた景色の前に、街が現れる。
「今日はここでゆっくりできますね」
この数日間は野営であった。忠興も久々に、温かい食事と寝床に心を休ませることができると心が弾んだ。
街に入ると、牧歌的な街並みが目に入った。長閑な田舎街である。
「おや、こんにちは」
道行く老婆が、忠興に挨拶をする。忠興も会釈を返した。
その時である。
老婆が、慌てた様子で地面に平伏した。
「む……」
忠興が手を挙げて、老婆に「面を上げよ」と声を掛けようとした時である。
「騎士様も早く」
老婆が忠興に呼びかける。自分にではなかったのかと、忠興が後ろを振り返る。
すると、派手な装飾を施した馬車が近づいて来るのに気付いた。
「あれは?」
忠興が、平伏する老婆に尋ねる。
「あれは、この街の領主ベルナール・ド・ギュスター男爵の御令嬢ベアトリス様じゃ」
「早う、騎士様」
老婆が忠興を急かした。
しかし、忠興は馬を降りない。路肩の左側に寄ると、馬車側の左側の鐙から足を外した。
小笠原流の馬上の礼である。
忠興としては、武人としての礼を示したつもりであった。
「この無礼者!」
馭者よりも先に、馬車の中から高飛車な声が飛ぶ。そして、馬車の扉を開き男爵の令嬢が姿を見せた。
「貴公、それでも騎士か」
金髪のドレスに、胸元が露わになったドレスを身に纏っている。しかし、令嬢というだけあって、歳は二十歳そこそこであろう。顔には幼さが感じられる。
忠興は、フロン王国の騎士の礼法を心得ていなかったのである。フロン王国貴族の社交界では女性の地位が高い。
この場合であれば、道をあけ、下馬の上で片膝を着いて、女性を見送らねばならなかったのである。
この点から言えば、確かに忠興の行動は無礼と言われても仕方はない。
しかし、そのベアトリス令嬢は、忠興の姿をジロジロと眺めると、フンと鼻を鳴らした。
「貴公、どこの騎士か?」
そう尋ねた。
「イスパリオ魁星騎士団、細川越中守忠興。ここでは皆、ヨイチと呼んでおります」
忠興が、形だけ頭を下げる。彼は、居丈高な女が嫌いであった。
「ほう、変わった鎧を着ておるな。イスパリオではそんな物が流行っているのか」
なおも、忠興の姿を上から下まで眺める。
そして、ニヤリと笑った。
「イスパリオの田舎騎士であれば、先の無礼も仕方あるない……許してやろう。私は寛大だからな」
そう言ってホホホと甲高い声で笑った。
さらに、真顔に戻ると、
「折角じゃ。もてなしてやろう、付いて参れ」
そう言うと、馭者に何事かを耳打ちし、馬車の中に戻って行った。
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