第29話 マスコット登場
三
「それで、その勇者は今、どこにおる?」
ひとしきり話を終えて、忠興がヨハンに尋ねた。
「グイス公を討った後はフロン王より騎士に叙されたそうですが……」
それ以上のことは知らない様子である。
「じゃあ、王都パリースに行ってみるしかないかぁ……結構、遠いよねぇ」
ユリィがぼやいた。忠興も、横で頷く。
「ヨハン、もし我らの後で、ガラシャと名乗る者が勇者について尋ねて来たら、同じように教えてやってくれ」
「我らは先に、パリースを目指したとな」
忠興が言う。
「ははーん、ヨイチ、さては勇者の仲間になれば自動的に聖女様も仲間に加わるはずだとか考えてるでしょ」
ユリィがニヤニヤ笑う。
「分かりました」
ヨハンが快諾する。
「しかし、ユリィさんを残して、先にヨイチ殿だけで行って下さい」
そう付け加えた。
ユリィが驚いて、尋ねる。
「貴方の魔法の実力では、今後の戦いにはついていけません。ですから、ここで修行をしてもらいます」
ヨハンが理由を説明する。ユリィは、不満を漏らしそうになったが、彼女自身も問題意識を持っていたのだろう、反論しなかった。
「ヨイチ、私を置いてったら嫌だからね」
忠興が、口の端に笑みを浮かべて、分かってると言うと、ユリィは納得したように大きく頷いた。
「安心して下さい。ヨイチ殿には一人、案内役を同行させます」
そう言うと、ヨハンは部屋の外に声を掛けた。
赤帯の男が入って来る。
「えっ、あいつ」
ユリィが不満げな声を上げた。
「彼は優秀な魔法使いですが、この大学の結界を維持するために必要な人物、ですので……」
ヨハンの視線が、その男の足元に注がれている。
「げっ、何あれ!」
ユリィが、その者に気付き大声を上げた。
それは、フワフワとした、白い毛玉の様な生物であった。その真ん中に目玉が二つ付いている。不思議と愛嬌のある生物である。
「これはゴッサマーと呼ばれる精霊の一種です。魔物ではありません」
ヨハンが紹介する。
「オイラは、モーレット。よろしくな」
白い毛玉が揺れた。
「魔力のない人間には見えませんし、声も聞こえません。役に立ちますよ」
ヨハンが言うと、モーレットが飛び跳ねた。
「コイツ、可愛いわね」
ユリィが、両手でモーレットを掬い上げて、お手玉の様に跳ねさせた。モーレットも嬉しいのか、手の中でコロコロを転がる。
こうして、忠興に新たな仲間が加わったのである。
そして翌朝、忠興はユリィに見送られて、モンテーニュを後にした。ユリィが余りに落ち込んでいるので、忠興も機嫌を取るのに手間取った。
「何かあったら知らせ」
そう言うと、忠興は黒松に鞭を入れた。忠興が気に入って手に入れた馬である。黒松は、勢い良く走り始めた。
モンテーニュからパリースまでは、馬でも十日はかかる。
忠興は、ユリィを宥めるのに疲れ、早々に出たかっただけであった。
「旦那、早い早い。飛ばされる!」
そう言うと、モーレットは忠興の鎧の内側に潜り込んだ。
これまでは海岸線を通ってきた忠興らであったが、パリースは遥か北の方角である。幸い街道は整備されており、走るのに不足はない。
忠興は久々に、気ままに馬を走らせた。
やがて街道は、大きな谷に入る。
「ここからは、しばらくこんな調子だぜ」
モーレットが言う。峡谷を吹き抜ける風が、向かい風となって忠興に叩きつけられる。
それでも、忠興はついぞ見た事のない自然の雄大さ、美しさを楽しんでいた。
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