第28話 光、秀でたる者

「む……」

 忠興が唸る。

「ヨハン様」

 赤帯の男が、後ろを振り返る。

 ゆっくりと忠興に近づく男である。男というのは語弊がある。

「皆、下がりなさい」

 少年である。しかし、帽子の房が四つあるところを見ると、見た目では判断できない実力を秘めていることが分かる。

 その少年の異質な点はそれだけではなかった。

 銀髪の中から覗く耳の先端がピンと尖っている。

「貴方が、大賢者……ヨハン……様?」

 ユリィが恐る恐る尋ねる。

 少年は、ユリィの方に顔を向けると、無邪気な笑顔を見せた。

「ユリィさんですね。話はアルゴ先生から聞いてますよ」

 そう言うと、四人の魔法使いに下がるように合図をした。

「ヨハン様、出て来られてはなりません」

「貴方にもしもの事があれば――」

 魔法使い達が、ヨハンと忠興の間に入る。忠興は、戦闘の終わりを感じたのか、刀を鞘に納めた。

「大層な出迎えだな」

 忠興がヨハンを見据えて、口を開いた。

「当校の者が、とんだ無礼を働きましたことをお許し下さい」

「私は、ヨハン。この大学の教授を務めております」

 そう言うと、慇懃に頭を下げた。


 ヨハンの研究室に、忠興らは招かれた。

 所狭しと本や、魔法の器具が散乱した部屋である。

「こんな所ですいません」

 ヨハンが、ソファの上を片付けながら忠興らを、座るように促す。先の四人の魔法使い達は、研究室の外で待機している。

 ヨハンの身を案じ、忠興に対して警戒心を解いてはいないのである。

「改めまして、当大学の教授を務めております。ヨハンと申します」

「見ての通り、エルフです」

 そう言うと、ヨハンは自身の尖った耳を指さした。

「エルフ?」

 忠興がユリィの顔を見る。

「あ……えっと」

 ユリィが口ごもる。それを見て、ヨハンがさらに続けた。

「おっと失礼しました。貴方は別の世界から来たのでしたね」

「エルフとは亜人です。人でもない、神と人の橋渡し役とでも申しましょうか。これでも、歳は千を超えているのですよ」

 そう言って、忠興に微笑みかけた。

「実は、貴方方が魔物と言う、ゴブリンやオークとも大した違いはありません」

 しれっと、言ってのけた。ユリィは、それを忠興の前で言うのを憚っていたのである。

「ですから、神と人の橋渡しなどと偉そうなことを申しましたが、私自身、魔王の尖兵として貴方方の前に立ちはだかっていてもおかしくはない存在です」

 忠興が、そんなヨハンの顔をまじまじと見る。

「で……そんなエルフが何故、こんな所で先生をしている」

「そして、何故、ワシの命を狙った」

 忠興が質問する。返答次第では斬るという殺気が込められている。

 ヨハンが、目を閉じて、口を開いた。

「あの四人は、私を守ろうとしたのです」

「貴方の発する闇の魔力から、貴方を魔王の手先と誤解し、私を連れ去りに来たと勘違いしたのです」

 ヨハンが答える。

「魔王が、貴方を?」

 ユリィがさらに問う。忠興の怒りを逸らそうと考えているのである。

「そうです。先に申しました通り、私たちエルフは、魔物とその本質は変わりません」

「魔王が現れてからというもの、多くの亜人の種族が、魔王の支配に取り込まれました。神と魔王、その両者は相反する者でありながら、その力は拮抗しています。そして、本質的に魔王の魔力に強く引かれたゴブリンやオークなどは、その意思すら魔王に支配され魔物となったのです」

 ヨハンが悲しそうな表情を見せた。

「そして、エルフの中にも魔王の、強力な魔力に心を奪われた者も多数おります」

「そして、それは私も例外ではないのです」

 ヨハンが研究室の扉の方に視線を向ける。忠興とユリィも、そちらを向いた。

「この結界の中にあるからこそ、私は正気を保っていられるのです」

「結界が破られれば、私は自我を無くし人類に仇なす魔物へと変貌するでしょう」

 悲し気な表情でヨハンは答えた。

 忠興も、このヨハンの話には心を打たれたようであった。

「成る程な、自ら蟄居しているということか……殊勝なことよな」

「それに奴らも」

 さっきまで敵として、忠興の命を狙った者ですら、ヨハンを思う心を思うと許す気になったのである。

 その上で、忠興が聞いた。

「ところで、すでにここへガラシャと名乗る少女は来たか?」

 わだかまりを解いたところで本題に入った。

 ヨハンが首を横に振る。

「恐らく彼女だろうという光に満ちた魔力、いや……魔力という言葉は相応しくありませんね」

「まさに神力というべきものは感じておりますが、彼女はまだやって来ておりません」

 ヨハンが答えた。

 忠興がさらに問う。

「では、勇者とやらは知っているか?」

 この質問には、ヨハンはニコリと頷いた。

「私も直接会ったわけではありませんが、このフロン王国の危機を救ったのは彼、ジュベーを伝説の勇者と人々は読んでいます」

 忠興が身を乗り出す。ガラシャより先に、その男の情報を得てことの有益さを感じているのである。

「この国で約三十年続いた内乱については御存知ですか?」

 忠興が頷く、ユリィから聞いていた話である。

「この背後には、東側の新約ロームス帝国が絡んでいたのです。そして、フロン王国の有力諸侯であり、この内乱の原因ともなったグイス公は帝国と繋がっていたのです」

 ここまでは、巷でも知られている話である。グイス公の死を以て、内乱は終結した。

 しかし、ヨハンはその裏側を語った。

「そのグイス公の正体は、魔物だったのです。魔物は人間に化け、内部から国を崩壊に導こうとしていたのです」

「それを勇者、ジュベーが討った。王位を簒奪せんとした王都でです」

 ヨハンは、まるで見た事の様に語り出した。

 内乱の首謀者であるグイス公は、それを隠し、乱を収束させる動きを見せた。それにより、諸侯の中には、グイス公を王座に据えるべしという声も上がったのである。

 そして、いよいよ王位を簒奪せんと王宮に迫るグイス公であったが、その前にジュベーが立ちはだかった。

 そして、その場においてジュベーは、グイス公が魔物であることを暴き、それを討った。

 その際に、グイス公がジュベーを「伝説の勇者」と言ったことがフロン王国内で瞬く間に広がったというのが、事の真相であった。

「その時、彼は眩いばかりの金色の光を身に纏ったといわれています、恐らくは光属性の持ち主なのでしょうが、……それに因んで彼はこうも呼ばれています」

 ヨハンが一呼吸を置く。

「光、秀でたる者と――」

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