第24話 決戦べリアル
「おじい様」
その様子を上空から見たルシアが叫ぶ。
「うわああああああ」
空を駆けて、一足飛びにべリアルに向かう。
「いかん」
忠興も慌てて、前方の魔物を薙ぎ払うとルシアを追った。
「待て」
忠興の声も耳に入らないのか、怒りに我を忘れたルシアが、べリアルにナイフを投げつける。
「ほう」
余裕の笑みを浮かべてべリアルが、そのナイフを指で受け止める。
「まだだぁああああ」
続けて、ルシアがナイフを一息で5本投げる。風の力で加速力を得たナイフがべリアルに襲い掛かる。
「しつこい」
べリアルが左手を突き出すと、ナイフはべリアルの前で止まった。
「死ね」
そう言うと、べリアルは左手を振る。すると、止まっていたナイフがルシア目がけて戻ったのである。
圧倒的な魔力の差であった。
「ルシア、落ちろ」
忠興が叫ぶ。
空中にあるルシアが、魔法を解除して自ら地面に落ちることを選択しなければ、彼女は自身の投げたナイフにその身を切り裂かれていたであろう。
落ちたルシアを馬上の忠興が受け止める。
「無茶をするな」
そう言うと、忠興はルシアを馬に残し、大地に降りた。
「貴様は……」
べリアルが、忠興に聞く。忠興の身体から立ち上る闇の魔力に気付いたからである。
忠興が、刀をべリアルに向けた。
「細川越中守忠興」
ぶっきら棒に答える。
「ホソカワ? 貴様、転生……いや、転移者か」
「だが……貴様ではない」
べリアルが、忠興を見て呟く。
「べリアル、貴方のお目当ては私でしょう」
忠興の背後にガラシャが現れた。その周りを包んだ光の壁が、近づく魔物をことごとく消滅させて行く。
「貴様か……神が遣わした聖女という奴は」
べリアルの端正な顔が、禍々しい笑みを浮かべた。
「私を狙うのであれば、私一人を狙えば良いものを」
ガラシャの言葉に、怒りが込められていた。真っ直ぐにガラシャはべリアルに向かった。
魔物の急な進軍は、神の御使いである聖女ガラシャを抹殺せんとするものであることを彼女は理解していたのだった。
「己惚れるなよ人間……」
そんなガラシャをべリアルを睨む。
「待て」
そのガラシャを忠興が制した。
「これはお主の戦いではない」
忠興の鋭い眼光に、ガラシャが歩みを止める。
「いくぞっ」
大地を蹴って、忠興がべリアルに飛びかかる。
兼定放たれた、『闇の一閃』をべリアルが受け止める。
「くっ……」
片手で受け止めようとしたべリアルの左手が弾かれる。
「ぬう」
右手を素早く上げて、べリアルが忠興の一撃を受け止めた。
「おおおおおお」
その時には、すでに忠興はべリアルの間合いに入っていた。
「死ねい」
忠興が唐竹割に、真正面から斬り降ろす。
「ぐっ……」
咄嗟にべリアルは背中の翼を以て、空に飛んだ。忠興の刀が、残されたグリフォンを真っ二つに切り裂いた。
「小癪な」
べリアルの顔に先程までの余裕はない。その代わりに、その全身を地獄の業火が覆い、付け入る隙のない魔力が溢れ出た。
「落ちろおおおお」
忠興が、下から斬撃を飛ばす。
それを、べリアルが空で躱した。
「ふははははは、翼を持たぬ人間風情は精々、地べたを這いずりまわるのだな」
空からべリアルが、火の球を忠興に繰り出す。それを忠興は、斬撃で迎え撃つ。
「与一郎様!」
ガラシャが加勢しようとする。
「手出しは無用じゃ」
そう言いながらも、降り注ぐ火球を迎え撃つので精一杯である。このままでは押し切られるのは時間の問題であった。
「ショウサイ、エンリケ早く」
ショウサイとエンリケが、ガラシャの元に駆け寄る。ユリィも慌てて走り込む。
ガラシャが、光の壁を作る。それでも降り注ぐ火球は、その壁をも突き破る勢いで何度も壁に叩きつけられる。
「ああああああ」
「グウウウウオオオ」
当たり一面が瞬く間に焦土と化した。燃え盛る火炎に魔物も人も関係なく焼き尽くされる。
「ぐ……」
忠興が、膝を着く。
「終わりだ人間」
べリアルがその様子を見て、右手に溜めた火球を振りかぶる。
「今だ!」
忠興が叫んだ。
「……!」
次の瞬間、べリアルの両翼に刃が突き立った。白い羽が舞い、翼が引き裂かれる。
「何っ!」
振り返ったべリアルが天を仰ぐ。
そこには、ナイフの足場に立ったルシアの姿があった。
「小娘っ! 貴様、誰を見下ろしている」
べリアルが絶叫した。
破れた翼で、なおもべリアルが飛び上がろうとする。ルシアがさらにナイフの束を投げる。
「我の上にぃいいいい、立つなああああああああああ」
べリアルが、ルシアに襲い掛かる。
しかし、べリアルは、ルシアに自分ではない影が差したことに気が付いた。
「何ぃ!?」
べリアルが振り返る。
「バルカの誇り、届いたぞ」
忠興であった。ルシアは、忠興の足場を作るためにナイフを投げたのである。
それを、忠興は駆けあがり、べリアルの背後を取ったのである。
「死ね」
忠興がべリアルの背に刀を振り下ろした。
「ギイエアアアアアアアアアアアアアアアアア」
天を引き裂かんばかりの絶叫が響き渡る。
斬られたべリアルの身体に乗った忠興が、そのまま地面にべリアルを叩きつけた。
燃え盛る大地に這いつくばったべリアル、その身体から紫色の魔力が立ち上る。
「許さん……許さんぞ」
ゆっくりと身を起こすが、切り裂かれた右半身がプランと垂れ下がっている。
「ヨイチ、時間を置けば奴が回復するわ」
ユリィが叫んだ。
「早く止めを!」
両手をかざし、ユリィが忠興に『力の水』を掛ける。攻撃力を増幅させる魔法である。
忠興の身体に、力が漲る。
「こうなったら、全てを灰塵に帰してやるわっ!」
べリアルが咆哮すると、辺り一面から火の柱が立ち上る。
その業火の中を忠興が突き破る。
「塵、芥になるのは貴様だ――」
忠興の兼定が、べリアルの首を跳ね飛ばした。
ゴトンとべリアルの首が大地に落ちると、火の柱が収束していく。
「やったの……」
まだ、ユリィは確信を持てない。
やがて、残ったべリアルの肉体が蒸気と化して消えていった。そして消滅したのである。
「ふん」
忠興が、刀を鞘に納めた。
こうして、魔王配下の軍団長べリアルは忠興によって討伐されたのであった。
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