第23話 バルカの誇り


「進め、勝機は今ぞ!」

 部下を鼓舞しながらバセロナ伯は進んだ。立ちはだかる魔物を蹴散らして行く。そのモーニングスターを受けた魔物の返り血で、白いマントが深紅に染まっている。

 いや、返り血だけではない。彼自身も既に深手を負っていた。

 それでも、なおも彼は進む。バルカの武名が、彼を突き動かしていた。

「む……」

 やがて、彼とその騎士団は魔物の軍勢の中央を突破した。

 目の前にいる魔物に、彼の視線が止まった。

「べリアル……」

 鷲の顔と翼、獅子の下半身を持つ「グリフォン」が、真っ赤に燃え上がる戦車を曳く。

 その上に、その魔物はいた。

 右手に漆黒の三又の槍を持ち、左手で、グリフォンの戦車を操っている。

 魔物という言葉がそぐわない程に、美しい顔立ちをした男である。人、いや天使とも見まごう外見ながら、背中に大きな黒い翼を持っている。

 さらに、その冷ややかで邪悪な笑みが、その魔物どもの首領たる悪魔の本性を現していた。

「バセロナ伯か……」

 べリアルが言う。

 ゆっくりと、優しく、そして静かな声であった。

 しかし、その声は聞く者の心臓を鷲掴みにする様な威厳を称えていた。

 バセロナ伯の馬が、いななく。

 自身も、押しつぶされそうな気持ちを抑えながら、バセロナ伯は馬をなだめる。

「バセロナ伯!」

 追いついた騎士たちが、バセロナ伯の周りを固める。

「何とかなる……と、でも思ったか」

 べリアルが笑った。

 射すくめられた様に、騎士たちは動けない。

「所詮、人間の力には限界がある」

「見よ」

 そう言うと、べルアルは右手首をクンッと突き上げた。

 大地を割いて、火の柱が立ち上る。

「うわああああ」

「ひぃいいい」

 その火柱が、バセロナ伯の周りの騎士たちをあっと言う間に灰と化した。

「来るが良い、人間」

 べリアルが手招きをした。

 もはや、バセロナ伯は死を覚悟した。

「我こそは、古よりバセロナの地を守りし武門の誉れバルカ家の当主、鉄牛騎士団団長マルコス・バルカなり!」

「我にあるのは、ただ前進のみよ!」

 雄叫びと共に、バセロナ伯が突進した。手にしたモーングスターを提げ、渾身の一撃を見舞うつもりである。

 それをべリアルが右手を突き出して、迎え討った。

「愚鈍なる牛よ」

 そう言うと、手の先から炎の渦を放つ。

 地獄の炎が、バセロナ伯を包んだ。

「せめて、せめて一太刀」

 バセロナ伯が燃える身体も厭わずに、モーニングスターを振りかざす。

 しかし、繰り出した鉄球は、べリアルの目前で溶けて消えた。

「残念」

 べリアルの甲高い笑いが響き渡った。

 バセロナ伯は、馬ごと焼かれて灰となって崩れ落ちた。

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