第21話 魔王の軍団





 改めて忠興らは、城に通された。応接室で一席が設けられた。


「魔王をな……それは大変な役目を仰せつかったことよ」


 バセロナ伯が言う。


 バセロナ伯はイスパリオ王の配下として、忠興とは階級は違う物のいわば同僚に当たる。


 自身でも鉄牛騎士団を組織する。騎士である。


「最近は、どの国も魔物の対応に追われ、戦どころではないからな」


「それは、このバセロナも同じだ」


 そう言うと、バセロナ伯は孫娘のルシアを見た。


「これの両親も兄も、魔物との戦で命を落とした」


「今も奴らは、このバセロナを虎視眈々と狙っておる」


 バセロナ伯の表情が曇る。


「父も母も、そして兄も武門の誉バルカの名に恥じない勇敢な最期を遂げました、あたしもバルカの者として戦うまでです」


 ルシアがニコリと笑った。


「だからあんなに警備が厳重だったんですか」


 ユリィが口を突っ込んだ。


 バセロナ伯がウムと頷いた。


「魔王軍には七柱の軍団長がおる」


「それは即ち、傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲という、人を破滅へと導く七つの大罪よ。その内の傲慢を冠するべリアル、そやつがこのバセロナを落とそうと何度も攻め寄せてきおるのよ」


「今も街の東側はすっかり奴らに抑えられておる……フロン王国にはこのままでは行けんぞ」


 吐き捨てるようにバセロナ伯が言う。


「べリアル!」


 ユリィが驚いた声を上げる。


「ヨイチ、これはとんでもない事に巻き込まれそうになってるわ……」


 小声でユリィが忠興に囁く。声が震えている。


「これは不味い事になったわ、ヨイチ」


「このままでは、陸路で東に向かうのは無理よ」


「ピラリエ山脈を越える、それとも海路を……」


 独り言を呟きながら落ち着かない様子である。


「ユリィ」


 忠興がようやく口を開いた。


「ワシは魔王にも、そのべリアルとか言う奴にも興味はない」


 腕を組んで、真正面を見据える。


「でも……」


 反論しようとしたユリィが、あっと口をつぐんだ。


「しかし、あやつは……どうするつもりかな」


 ガラシャの事である。ユリィが溜息をついた。


「いくら聖女様とは言え、相手は魔王の軍団長ですよ」


「どうせ魔王を倒すのだ、関係あるまい」


 ユリィの言葉に、忠興が答えた。





 その時である。


 慌てた衛兵が、応接室に駆けこんできた。その表情が事態の重大さを物語っている。


「べリアルの軍が進軍してきます」


「何!」


 バセロナ伯と、ルシアが立ち上がる。


「御免」


 そう言うと、二人は慌ただしく部屋を出て行った。


 ユリィが顔に手を当てて、天を仰いだ。


「どう考えても……手伝わないといけない流れですよね」


 泣きそうな顔のユリィと対称的に忠興の顔には笑みが浮かんでいた。


 立ち上がり、窓の方へ向かった。


 城から東の方角を見ると、そこには雲霞の如く魔物の大群が押し寄せて来るのが見えた。


 忠興は、バセロナ伯を追った。慌ててユリィも着いていく。


「バセロナ伯」


 城門へと向かうバセロナ伯に、忠興が追い付く。すでに鎧を身に纏っている。


「助太刀いたすぞ」


 そう言うと、バセロナ伯は言葉もなく頷いた。


 そこに、衛兵がやって来る。


「申し上げます。旅のポルテギアの聖女と騎士が助力を申し出ております」


 ガラシャたちである。彼女らもバセロナの危機を見過ごすことはしなかった。


「ユリィ、お前はどんな魔法を使える」


 数が数である。戦力を正しく認識する必要があった忠興が尋ねる。これまでは忠興が敵を一蹴してきたが、今回はそうも言っていられない。


「私……私は回復魔法と補助魔法が専門よ。正直、攻撃魔法には自信がないわ」


「自分の防御力も上げながらだから、そんな皆の面倒までは見られないわ」


 不安そうにユリィが答えた。


 忠興が頷く。


「ヨイチ殿、我が方は騎士と兵を合わせて二千。魔物どもはおおよそ一万と言ったところじゃな」


「雑魚などは幾ら束になろうとも精強無比の鉄牛騎士団の敵ではない! が……べリアル、奴だけは注意なされよ」


「それにしてもしつこい奴よな……魔王にケツでも叩かれてきおったのではないか」


 大声で、バセロナ伯が笑って見せる。将兵もそれに合わせて笑った。


「打って出るぞ! 馬を引け」


「父祖の地を、そう易々と渡してなるものか!」


 真顔に戻ったバセロナ伯が、マントを翻して叫んだ。


 ルシアも、バセロナ伯に続いて階下に降りる。忠興たちも続いた。


「ヨイチ殿、ルシアを頼まれてくれんか」


 バセロナ伯が小声で、忠興に話しかけた。


 ルシアは意気盛んに、駆け足で降りて行っている。


「もはやバルカ家も、この老いぼれとあの子だけじゃ……せめて、あの子だけは」


 忠興が、コクリと頷く。バセロナ伯はこの戦いで死ぬ気である。目にはその決意が見て取れた。


「安心めされい。べリアルとやらに興味はないが、ワシの邪魔をする以上は死んでもらう」


 忠興はそう言うと、ルシアを追って駆けた。

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