第18話 世界の正体

 バレンタは、活気に溢れた街である。日が暮れたというのに、商店の明かりが煌々と灯る。

 忠興らは、早速に宿に馬を預け、武装を解くと街に出た。

「折角、バレンタに来たんだから少しは街に出ましょうよ」

 ユリィが誘ったのである。

「聖女様も明日までは動かないし、ねっ」

 街は、夜は門を閉ざす。確かに、この人の多い街でガラシャを探すのは至難の業である。

 二人は、一軒の飲食店に入った。

 中は、如何にも船乗りといった男たちで賑わっていた。

 忠興たちは、端の席に座る。

「バレンタに来たなら、本場のパエーラを食べましょう」

「この店のパエーラは美味しいって評判なのよ」

 ユリィが注文する。

 しばらくして、テーブルに料理とワインが運ばれてきた。

 パエーラは、米に肉、魚介、野菜を入れてスープで煮込んだ料理である。

「む……」

 久々の米料理に、忠興が思わず唸った。

「どう、美味しいでしょ」

 それをユリィが楽しそうに見つめた。忠興が頷く。

 そこに、一人の男が声を掛けてきた。四十くらいの筋肉質の男である。肌が赤銅色に日焼けしている。船乗りである。

「あんた珍しい格好をしているな。異国の人かい」

 忠興の直垂姿は、確かに周囲から浮いている。

「だから何だ」

 忠興がぶっきらぼうに答える。

「いや、気を悪くしたらすまん。悪気はないんだ」

「俺はアントニオ、船乗りだ」

 男が、忠興らのテーブルにイスを持ってくると、ワインを置いた。お近づきの印といったところだろう。

 ユリィがふてくされる。

「あんた東洋人だろ。よかったら東洋の話を聞かせてくれよ」

 グラスを忠興に差し出しながら、アントニオが笑った。

「東洋人?」

 忠興には、アントニオの言っていることが分からない。オウム返しに聞き返す。

「俺もしがない船乗りだけどよ、いつかは世界の海に出てみたいのよ」

「あんたも知ってるだろ、黄金の国シャポンを!」

 そう言って、何やら紙を取り出した。

 輝くアントニオの目を、忠興が見る。

「あー、えーと、ごめんなさい」

 ユリィが口を挟む。

「この人……その、記憶を無くしてて」

「あんまり、その……自分のこととか覚えてないのよ」

 面倒なことになる前に話を打ち切ろうとする。

「いや……待て」

 それを、さらに忠興が遮る。

 忠興の目は、アントニオの取り出した一枚の紙に注がれていた。

「それは何だ」

 忠興がアントニオに尋ねる。

「これか! これは俺の宝物、世界地図よ」

 それを手に取った忠興の手が震えていた。

「ワシは……これを見た事がある」

 記憶を辿る。

「そうだ、信長公に見せて頂いた世界の地図じゃ」

 忠興は若い頃、織田信長の小姓衆として傍に仕えていたことがある。

 その頃、信長は小姓衆に南蛮渡来の珍しい物をよく見せてくれた。少年の様に瞳を輝かせて自慢気に語る信長が忠興は大好きであった。

 岳父明智光秀が、その信長を本能寺で討った後に、細川家に助力を申し出たのを断ったのも、忠興が信長を尊敬し、その死を悼んでいたからである。

 彼の苛烈な性格をして、人は「小信長」と呼んだが、それ程までに、忠興は信長の薫陶を受けて育ったのである。

「間違いない……」

 地球儀もそうであった。

 忠興が、地図を指でなぞる。ユリィが

「ここがイスパリオよ」

 と、地図の左端の方を示す。

「そして、ここが世界の果て黄金の国シャポンよ」

「と、言っても今やここが魔王とやらの本拠地らしいぜ」

 そう言って、アントニオが地図の右端を示した。シャポンと書かれた島に金塊の絵が添えられている。

「いつか俺も自分の船を持って、行ってみたいもんだぜ」

「しかし、魔王が現れてからというもの……外洋は魔物でうじゃうじゃ、これじゃいつの事になるやら」

 グイッとアントニオがワインを飲み干す。

 忠興はまだ、混乱の中にいた。

(ワシが来たのは……南蛮なのか、いや……このような魔法など南蛮人は使っておらなんだぞ)

 考えが頭の中を錯綜する。

(そもそも、魔物にしてもそうじゃ……ワシの力も)

(と……すれば、ここは元いた世界によく似た世界……と、いう事か)

 忠興の指が左から右に流れ、黄金の国シャポンのところで止まる。

「日本か……」

 そう呟いた。

「ちょっと、おじさん。魔王って、こんな遠いところにいるの?」

 ユリィが声を上げた。

「ん……俺も噂で聞いただけだがよ」

 アントニオが答える。

「かー、随分と遠いわねー」

 ユリィが天を仰いだ。

「魔王について、何か知っているか」

 忠興がアントニオのグラスに新たなワインを注ぐ。

「知らねえな……魔物が凶暴化したのも、奴が現れてから……世界を滅ぼそうっていうのは本当なのかね」

 グラスを上げてアントニオが言う。

「確かに……昔は魔物もむやみに人を襲うことはなかったってお師匠様も言ってたわ」

「だから聖女様は魔王を倒そうとしているのね」

 ユリィが頷いた。

「聖女様? 伝説の勇者様じゃないのか」

 アントニオがユリィの注文したテーブルのチーズに手を伸ばす。ユリィは、あっと声を上げたが、別に咎めようとはしなかった。

「何でも、魔王を討ち倒すっていう伝説の勇者様ってのがいるらしいぜ。俺も船乗り仲間から聞いた噂だがよ」

「そんな凄え御方がいるのなら、とっとと魔王なんてやっつけて貰いたいもんだな」

 チーズを頬張りながらアントニオが言った。

 その時である、

「勇者!?」

 忠興の後ろで声が上がった。

 聞き覚えのある声に忠興が振り返る。

「む……」

 それは、ガラシャと、ショウサイ、エンリケの三人であった。彼らもまた食事に出ていたのである。エンリケがこの店のパエーラの噂を聞きつけ、二人を誘ったのである。

「珠……」

 忠興がガラシャを見る。向こうも不味いと感じたのかショウサイが話題を勧める。

「お主、その伝説の勇者について詳しくは知らんのか」

 ショウサイがアントニオに尋ねる。

「あんたらも旅の人かい」

「俺も詳しいことは知らねぇえよ。ただ、フロン王国から来た商人から聞いただけさ」

 アントニオが首を振る。

「ガラシャ様、魔王を倒すという伝説の勇者……その御仁、気になりませんか」

 エンリケがガラシャに尋ねる。

「そうですね。魔王の力も分からずに徒に進むよりも、一歩一歩確実に魔王の力を削ぐ必要はありますね」

 ガラシャが答える。

「では、予定通りフロン王国に向かいましょう」

 ショウサイが頷く。

「君、助かったありがとう」

 そう言うと、エンリケが店員を呼んだ。

「私の奢りだ。飲んでくれ」

 大声で、船員たちに呼びかける。

 金貨数枚を忠興らのテーブルに置くとエンリケはガラシャたちを促し、店を出て行った。

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