第17話 モフモフ登場!愛馬黒松

 二





 翌朝、ガラシャはショウサイ、エンリケとともに城門を出た。その後ろに聖遣騎士団の他の団員が付き従う。


 忠興とユリィは、街の出入り口でそれを待った。


「聖女様の人気は凄いものね」


 沿道を埋め尽くす群衆を見ながらユリィが言った。


「ふん」


 忠興が、鼻で嗤う。


 やがて、ガラシャは街の出入り口まで来ると、振り返り集まった民衆のために祈りを捧げた。


 そして、街から出て行く。


「行くぞ」


 忠興が馬に跨る。ユリィもそれに続く。報酬で購入した馬である。


 忠興の馬は、黒毛に銀色のたてがみの牡で名は「黒松」と名付けた。一方のユリィは栗毛の牝馬で、ユリィはこれに「カスタナ」と名付けた。





 ガラシャたちは、街を出たところで騎士団員らと別れ、僅か三人で進路を東に進んだ。


「イスパリオの東はフロン王国よ。ただ、途中のピラリエ山脈を避けて、海沿いを進むでしょうね」


 馬を走らせながらユリィが言う。


「だから一端はピラリエ山脈の南にあるバセロナに寄って、さらに陸路を取るか、海路を進んで聖都バルカノに向かうかね……」


「どちらにせよ……バセロナに行くのは間違いないわね」


 ユリィが考えこむ。


「陸路だ」


 忠興が確信を持って呟いた。


「えっ……」


「海にも魔物はいるのだろう。なら、珠の事だ、船乗りを危険に巻き込むことはすまい」


 そう忠興が答える。


「成る程ね、流石は奥さんのことにはよく気が回るのね」


 ユリィがプイと横を向いた。


 しかし、改めて忠興はユリィを連れてきて良かったと痛感していた。この世界の地理も風習も知らないとうい中で、ユリィの存在は大きい。


 ただ、それを口にする忠興ではなかった。





 バセロナはトレットの北バレンタを越えた遥か北にある。


「どうせ、バセロナに行くんだったら、サラゴッサよりバレンタ経由で行きましょう」


 ユリィが提案する。


「バレンタの方が栄えているから、色々と情報も手に入るわ」


 忠興に異論はない。


 すでに、ガラシャたちの姿は見えないが、ユリィの話の通りだとすればバセロナに着きさえすれば間違いはなさそうだった。


 街道ですれ違った荷馬車から忠興に声がかかる。


 トレットの漁業組合の者である。


「冒険者さん、ありがとうな」


「お蔭で安心して、魚が運べるようになったぜ」


 そう言って手を振る。忠興とユリィもそれに手を振って応えた。


 それでも、荷馬車の周りを武装した漁業組合員が一緒にいるという事実が、いまだ魔物がそこかしこに居るといることを物語っていた。


 そして、忠興たちにも魔物は襲いかかってきた。


「何だアイツは」


 忠興が刀を引き抜き、ユリィに尋ねる。


 水色のブヨブヨとした肉体を持つ、不思議な魔物である。街道を行く、忠興たちの前に突然姿を現したのである。


「スライムです。雑魚ですけど、剣はあまり効きません」


 ユリィが答える。ユリィが落ち着いているところを見ると、あまり脅威はない魔物なのであろう。


「ほう」


 忠興がスライムに近づく。


 そして、飛びかかって来たスライムの身体を刀で両断した。


「む……」


 しかし、二つに分かれて地に落ちたスライムの肉体が、それぞれ動きだして一つに合体した。


「成る程」


 忠興が、興味深そうにスライムを見る。


「ヨイチ、そいつはすぐに再生しちゃうのよ」


 ユリィが手を組む。魔法で片を付けるつもりらしい。


「これならどうかな」


 忠興が黒松の手綱を引く。黒松の前足が大きく上がる。


「そこだ!」


 そう言うと、忠興は黒松を巧みに操り、その馬蹄でスライムを踏みつけたのである。


「ほれ、ほれぃ」


 潰れるスライムの肉体の上を、黒松の蹄が何度も踏みつける。


 やがて、スライムの千切れた肉体はその動きを止めた。


「はっはっは、どうやらもう再生はできんようだな」


 忠興の高笑いに、ユリィが引き笑いで応える。


「まさかスライムと言えども、魔物を馬で仕留めるなんて……聞いたことないわ」


「カスタナちゃんはあんな事しないもんね」


 ユリィが愛馬の首を撫でた。





 さらに進むと、今度は、大きな青色のトカゲの死骸が転がっていた。


「こやつ、羽が生えておるぞ」


 忠興が、その死骸を指さす。恐らくは、ガラシャたちが倒した魔物であろう。腹部に折れた矢が刺さっているところを見ると、空中にあるのをショウサイが射落としたのであろう。


 小笠原少斎は、弓の名手でもある。


「それはワイバーンです」


 ユリィが説明する。


「ドラゴンの亜種ですね……前足が翼になっているのをそう呼ぶんです」


「それにしても、このワイバーンは小型ですけど……矢の一撃で倒すなんて」


 ほう、と忠興が感心した声を上げる。


「魔物にも色々な種類、種族がありますから、ヨイチも無理は禁物ですよ」


 ユリィが忠興に忠告する。


「ワシは、魔物などどうでも良い。降りかかる火の粉は払うだけよ」


 忠興が、黒松を進ませた。


 バレンタまでは、馬でも5日はかかる距離である。


 途中の村々で宿泊しながら、忠興らは進んだ。





「ようやく着いたわ、あれがバレンタの街よ」


 ユリィがはしゃぐ。


 日が落ちて辺りが闇に包まれる頃に、ようやく忠興らはバレンタに着いた。


 途中で、魔物と数回戦闘があり、思ったよりも遅くなった。


 バレンタは、街として警団を組織しており、入り口の門には衛兵がいる。


 衛兵が忠興に、街への用向きを尋ねる。


「このお方は、イスパリオの魁星騎士団の騎士ヨイチ様よ」


 と、ユリィが忠興の胸元に括り付けた、騎士団員の証である魁星騎士団章を指さす。


 赤いリボンに、十字の星をあしらったメダルがそれである。


 ユリィも、ローブに付けた先陣勇敢章を、これみよがしに見せつけた。


「失礼しました」


 衛兵が慌てて道を開ける。


 イスパリオ領内において魁星騎士団の威名の絶大さに、ユリィがほくそ笑む。


「この街に、ポルテギアの騎士の一行が来なかったか?」


 忠興が衛兵に尋ねた。


「あぁ、それなら先ほど通りましたよ」


 衛兵が答える。トラブルが起きないか、気が気でない様子である。


「そうか」


 ガラシャたちも、サラゴッサ経由ではなく、バレンタ経由でバセロナへ向かうつもりらしい。


 仏頂面の忠興の顔に笑みがこぼれた事で、衛兵が安堵の表情を浮かべた。


「さあ、行きましょう」


 ユリィが忠興を促した。

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