第15話 フラれた忠興
七
喜びに沸く冒険者らと対称的に、その傍でエンリケがガラシャに異を唱えていた。
「ガラシャ様、元より我らは命など捧げております」
「そうです」
「聖女様」
聖遣騎士団の団員が、ガラシャに縋りつく。先ほど、フォリオ三世に対してガラシャが騎士団の解散を申し出たからである。
「貴公らの気持ちは嬉しいが、貴公らはポルテギアの大切な勇士。それを思うガラシャ様の気持ちも汲んでくれ」
ショウサイが、それを宥める。
さらに、それにフィーゴが続く。
「俺も、ゴブリンロードとの戦いで分かった。中途半端な力では、聖女様の力になるどころか足手まといになるだけだ……悔しいが……聖女様の言うとおりだ」
唇を噛みしめるフィーゴの言葉に騎士団員も黙り込む。
「我儘を言って申し訳ありません」
ガラシャが頭を下げると、騎士団員から嗚咽が漏れた。
しかし、エンリケはなおも食い下がる。
「私は、承服しかねます。かくなる上は、貴女の従者となっても同行いたします」
そう言うと、鎧の胸元に着けた騎士団章を千切った。
それは一国の王族が、その身分を棄てると同じことであった。
元より、エンリケは自身の存在が、ポルテギアにとっては内紛の元となることを憂いていた。
だからこそ、国に戻る気はないのである。
エンリケは、この少女に神を見ていたのである
「エンリケ……」
ガラシャが、床に落ちた騎士団章を拾った。
「あなたの覚悟は分かりました。従者などとんでもない、騎士として共に来て下さいますか」
腕章を、エンリケに手渡しながら言った。
「おい」
忠興が割って入る。
「珠を守るのは、ワシだ」
グイッと、エンリケを押しのける。そして、そのままガラシャの前に立った。
「珠、先に王が言うたとおりじゃ。こうなった以上、ワシはそなたとこのまま一緒に行くぞ」
そう言うと、ガラシャの手を取ろうとした。
しかし、それをガラシャが避ける。
「珠……」
忠興が戸惑う。
「以前も申しました。私は神に仕えるガラシャであって、あなたの妻であった珠ではございません」
「それとも、与一郎様も神の使徒でありますか」
真っ直ぐに忠興の目を見て、ガラシャが尋ねる。
「おお、神なら信じるぞ。現にこうして、珠に引き合わせてくれたのじゃからな」
忠興が興奮気味に言う。
ただ、忠興がこの世界に来たのは、神の意思ではなかった。それをガラシャは見抜いていた。
「与一郎様、言葉ではなく私は行動を申しておるのです」
ガラシャが寂しげな顔をした。
「私には見えます」
「私や、ショウサイは確かに主デウスの加護を受けていると感じております。しかし、与一郎様にそれはない」
ガラシャが断言した。
「あなたにあるのは、禍々しい闇のみでございます。けっして、神の使徒ではございません」
そう言うと、ガラシャは背を向けて歩き出す。
癇癪持ちの忠興であるが、ガラシャにだけは強くは出られない。愛ゆえにではあるが、今はそれ以上に、ガラシャに近寄りがたい気品を感じているからであった。
「おお、そうか! ならば、ワシはイスパリオの騎士として、魔王を討つというお主に着いていくぞ」
それだけを言うことが精一杯であった。
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