第14話 叙任
やがて、衛兵の声がかかった。
「御成りである」
ガラシャ隊が、今一度頭を低く下げる。アルトたちもそれに倣った。
フォリオ三世が延臣を引き連れて、謁見の間に入ってくる。
視線を落としているから、姿は見えない。しかし、その足音で、忠興は
(あぁ、これは武人だな)
そう感じた。
「面を上げよ」
声がかかり、一同が顔を上げる。眼前には玉座に腰掛けたフォリオ三世の姿があった。
忠興の横で、アルトが小刻みに震えている。緊張しているのである。
「ゴブリン討伐、大義であった」
フォリオ三世が、直に声を掛けた。
「聞けば、ゴブリンロードもいたとか……いやはや、余も何度か戦ったことはあるが見事である。イスパリオ王として、礼を言う」
そう言うと、笑顔を見せた。先陣王の異名は伊達ではない。
一同が、頭を下げる。
「して、ポルテギアの聖女殿」
さらに王が続ける。
「此度の働きで貴公らの実力は分かった。そこで……魔王の討伐に我がイスパリオからも騎士を遣わせよう」
ガラシャが、沈黙の後に口を開いた。
「はっ、過分の御言葉。身に余る光栄に存じます」
「なれど……」
王の眉が動いた。
「これ以上の助力は結構でございます」
力強い声である。群臣からざわめきが起こる。
「何……いらぬと申すか」
王の顔が険しくなった。慌てたイスパリオの騎士が、ガラシャを嗜めようと近づく。
「よい」
それを、王が制した。
「此度の戦いで、人との戦いと魔物との戦いでは大きく違うことを学びました」
ガラシャが続けていう。王も、怒りを噛み殺しながらそれに耳を傾ける。
「ここに並ぶポルテギアの騎士も一騎当千の強者、しかしながら魔物との戦いには数は不要でございます」
「あたら武勇の士を、魔物との戦いで死なすのは忍びありません」
ガラシャの目の奥にある深い悲しみを感じたのか、王が頷く。
「この場にて、ポルテギアの騎士団も解散いたそうと思います」
「あくまで、魔王討伐は我が身一つの使命として考えておりますれば」
ガラシャの言葉に、エンリケら聖遣騎士団の間にも動揺が走る。
「ガラシャ様……」
エンリケが思わず口を挟む。
「ふむ……貴公の言うことも一理あるな」
王が、ふぅと息を着いた。
「余も戦場において、人とも魔物とも戦ってきたが、確かに強力な魔物を前に兵士をいくら投入したところで話にはならぬな……」
「しかし、我がイスパリオの騎士を見くびられては困る」
王は、自ら戦場を駆けた騎士としての誇りがあった。
「申し上げます。賢明な王であれば、すでにお気付きとは存じますが……魔王の勢力は日に日にその力を増しています」
「世界の西の端であるポルテギアにも、魔王の幹部プリーデが現れたことが、それを物語っております」
「なればこそ、王国の騎士はその防衛に当たることが、肝要かと存じます」
ガラシャの言葉に、忠興は耳を傾けていた。
確かに有象無象の者では、これからの戦いを乗り切っていけないどころか、足手まといになるだけであった。
それを、国土の防衛という名目を掲げ、王に対して逃げ道を用意したのである。
暫くの沈黙の後、王が口を開いた。
「分かった。だからと言って、ポルテギアとしても魔王の暴虐をこれ以上許すわけにはいかん」
「そこに控える者、名を申せ」
王が忠興を指さした。
忠興に、王の傍の家臣が話をするように促す。
「越中守、細川与一郎忠興。異国の王にござる」
忠興が答えると、周囲がざわめいた。
この時、忠興は自身を「王」と言ったが、立場としては「諸侯」が相当であろう。
「ほう……どうりで」
王が、顎を撫でた。
「どうりでな……ただならぬ風格を感じていたが、ゴブリンロードを倒したのは貴公だな」
「ギルドの冒険者をしているところを見ると、何か訳ありだろう」
忠興が頷く。
王が、大きく頷いた。
「貴公をイスパリオの騎士に叙する。聖女殿を助けて魔王を討て」
群臣にどよめきが走る。
「王、それは……」
確かに、他国の王族や諸侯に対して、名誉として自国の騎士団の称号を授与することは慣例として存在する。王の言うこともあながち突飛な話ではなかった。
しかし、このギルドの男が本当に異国の王であるとは、家臣たちも確信が持てないのである。
「構わん」
王が右手を出す。剣の催促をしているのである。
「前に出よ」
促されて忠興が前に出る。そして、フォリオ三世の前に跪き、頭を垂れた。その肩を王が剣で叩く。
「貴公を、我が魁星騎士団の一員として騎士に叙する」
忠興が畏まる。それが過分の沙汰であることは周囲の家臣たちの態度で分かった。それに、忠興は、この王に好意を抱いたのも事実である。
謁見の間から王が出ると、ようやく一同は羽を伸ばすことができた。
「あー、緊張した」
アルトが大きく伸びをしながら言う。
「しかし、ヨイチ殿やりましたな」
サイモンが興奮気味に言う。
「ふむ」
忠興が答える。
「魁星騎士団はフォリオ三世を団長とする王直属の騎士団ですぞ」
まるで我が事のようにサイモンが喜ぶ。
忠興が、考えをまとめる。つまりは、織田信長公直参の馬廻衆か……と納得したのであった。
そこに、イスパリオの騎士が近づく。
「騎士への叙勲、誠におめでとうございます」
「竜尾騎士団、団長のドメルと申す」
豊かな黒髪を後ろに流した男が名乗った。
「王より、その他のギルドの冒険者にあっても、功を称え先陣勇敢章を与える様に仰せつかっております」
慇懃に頭を下げる。アルトたちは、あまりの事に言葉を失った。
その様を見て、ドメルがほほ笑んだ。
ギルドのクエストを受注するに際しても、勲章を受けた程の冒険者となれば箔が付いて、その報酬も上がるのである。
その分、高難度のクエストが多くはなるが、そんなことを差し引いても純粋に喜んでいい話である。
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