第10話 襲撃

 四





 ガラシャ達の一行の後を、忠興たちは追った。


 馬であれば、目指すトレットの街までは一日の距離である。


「聖女様らは、一旦はトレットに入るようです」


 先行していたサイモンが、合流して告げた。


「確かに、今からだと夜が暮れちまうからな」


 アルトがそれに答えた。


「ヨイチさん、これで明日には一緒にゴブリン討伐に出れますぜ」


 焦る忠興に声を掛けた。


「うむ」


 それを聞いて、忠興も少しは落ち着いた様子だった。


「して、そのゴブリンとやらは何だ」


 ガラシャの事を気にしすぎて、敵であるゴブリンの事をすっかり忘れていたのであった。


「あ……いっけね」


 アルトが頭を掻いた。


「ゴブリンはですね、背丈は子ども位しかない奴なんです。単体なら、大人一人でも倒せる程度の魔物ですよ」


「でも、厄介な点は、奴らは群れで動く……とにかく数が多いんですよ」


 馬を走らせながら、アルトが説明する。


「しかも、変に智恵が回るから油断は禁物よ」


 ユリィが続ける。


「だから少人数のパーティーは割に合わないとクエストを受けない。悪循環ね」


 忠興が頷いた。


「む……」


「危ない!」


 サイモンが声を上げた。


 忠興らに、向かって一斉に矢の雨が降り注いだ。


「うぬっ」


 忠興は刀を抜くと、向かってくる矢を打ち落とした。


 アルトとサイモンもそれに倣う。コエンとユリィはその後ろに身を隠す。


「何者だ」


 忠興が矢の飛んできた方角を見た。


「来ます」


 土煙を上げて、こちらに向かって来る集団をアルトが指さす。


「ゴブリンか……」


 緑色の肌の醜悪な魔物たちである。


 数は十匹程、その手には各々が棍棒や剣を持っている。


「コエン、ユリィ、魔法の準備を――」


「ヨイチさん、行きましょう」


 そう言うと、アルトが馬から降り、剣を構えて走り出した。


 サイモンもそれに続く。


 馬を殺されないための方法であり、コエンとユリィを魔法に専念させるためでもある。


「頼んだ」


 コエンとユリィが、手を組んで呟き始めた。魔法は、いきなりは使えない、神と精霊に対する祈りが必要なのである。


「キイイイ」


 ゴブリンたちは、目前に迫っていた。


「雑魚が……」


 忠興は馬から降りない。そのまま馬上、ゴブリンに向かって駆けだした。


 身体から滲みだした魔力が忠興を包む。


「散れい」


 そう言うや、忠興は眼前のゴブリンの前に刀を横一文字に斬り払った。


 刀の先から紫色の魔力が迸る。


「ギ……」


 ゴブリンたちの身体が、真っ二つに引き裂かれる。


「斬撃に……魔法を……乗せた」


 アルトがその光景を茫然と見つめる。


「祈りもなく……」


 ユリィも、あまりの事に、自身の魔法の祈りを忘れた。


 しかし、その必要はもうなかった。


 襲い掛かってきたゴブリンの集団は、忠興のたった一薙ぎで全滅したのである。








 トレットの街に入った忠興たちは、馬を繋ぐと、すぐに漁業組合の集会所を探した。


 ギルドからの受注書を見せれば、組合が宿を用意してくれる手筈となっているのである。


 時間はもう夕方に差し掛かっている。


 磯の香りのする街中を進むと、塩っけを含んだ風が肌に張り付く。


 忠興は、その風に領国の丹後を思い出した。


(珠と過ごしたあの日々を……もう一度、取り戻してやる)


 そう心に誓うのだった。


「もう少し北のバレンタは貿易港だから、結構色々と店もあるんですけどね」


「ここは漁港だから、何もありませんね」


 アルトが愚痴る。おおかた飲み屋や娼館でも探しているのだろう。


「ヨイチは聖女様をお探し?」


 周囲を見回しながら歩く忠興の顔を、悪戯っぽい笑顔を見せてユリィが覗き込んだ。


「そうだ」


 忠興が表情を変えずに答える。


「聖女様たちなら、きっと町長の家よ」


「王様直々の指令を受けた軍よ。そこら辺の宿に泊まる訳ないわ」


 ユリィの言葉に、忠興は成る程と頷いた。


「さっ、私たちも早く行きましょう。晩御飯の時間を逃しちゃうわ」


 ユリィはそう言うと、小走りに漁港の方に駆けだした。





 組合に行くと、漁業関係者は忠興たちを盛大にもてなした。


「どうぞどうぞ、魔物に奪われる位なら人間様に食べて貰った方がいいですよ」


 と、大量の魚料理が運ばれる。


 ここは、組合の管理する倉庫の中である。即席で誂えた木のテーブルを囲んで歓迎会が開かれているのである。


「寝床も、用意させてもらいましたんで」


 酒をアルトのグラスに注ぎながら、漁師の若者が言う。


 どうやら、この倉庫の奥に、簡易的な寝床があるようだ。


 ユリィが残念そうな顔を見せた。この生臭い倉庫で寝ることになるとは思ってもみなかったのである。


 しかし、魚料理は口に合うらしい。


「私たちは聖女様とは違うもんね、倉庫でも寝られるだけマシよ」


 そう言いながら、パクパクと料理を口に運んでは、グラスの酒を煽った。


「おいおい、明日は早いぞ」


 コエンが、そんなユリィを嗜めた。


「なーに、ポルテギアの聖女様とギルドの精鋭がいりゃあゴブリンなんぞは一捻りですぜ」


 威勢の良い漁師たちの笑い声が響き渡った。


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