第9話 いざ、クエストへ

   三


 翌朝、大通りは昨日に増しての人だかりとなっていた。

 ガラシャの一行が、トレットを悩ますゴブリンの討伐に乗り出すというので、見物人が押し寄せていたのである。

「まだか……」

 城門の前の場所に忠興は陣取っていた。朝一番からここでガラシャを待っていたのである。

「おっ、出てきたぞ」

 声が上がった。

 ガラシャと、その一団が馬に跨り城門から出てきたのである。

「おお」

 忠興は立ち上がると、すぐにガラシャに近づいた。

「何だ貴様は」

 ガラシャの傍にいたエンリケが、忠興に気付いた。

「殿!」

 ショウサイも驚いた声を上げた。そして、馬から飛び降りる。

「何だ…」

「どうした」

 その騒ぎに一団の行進が止まった。

「殿、小笠原少斎にございます」

 ショウサイが、忠興の前に跪く。

「何故ここに……」

 不思議そうに、ショウサイは忠興の顔を窺った。

 しかし、忠興にとってショウサイはどうでも良かった。

「珠、珠よ」

 馬上のガラシャに声を掛けた。ガラシャも騒ぎに気付き、忠興の方を向いていた。

「殿……」

 ガラシャも馬を下りる。

「おお、珠。会いたかったぞ」

 忠興が、ガラシャに駆け寄る。

 だが、ガラシャは手を前に突き出し、忠興の接近を拒絶する態度を示した。

 忠興が、戸惑いながらも立ち止まる。

「いけません」

 そう、ガラシャが告げた。

「む……」

 忠興は、ガラシャの真意を図りかねている。

「今の私は、細川忠興の妻であった珠ではございません」

「神に仕えるガラシャです」

 きっぱりと言い放ったのである。

 忠興は、いまだガラシャの言っている言葉の意味が理解できない。

「何を言う、姿が変わろうと、お主は間違いなく珠であろう」

「ワシには分かる」

 なおも近づこうとする忠興に、ガラシャは背中を向けた。そして、そのまま馬に跨ると、

「はっ!」

 馬を走らせたのだった。

「ガラシャ様」

「殿、失礼仕る」

 そう言うと、ショウサイも馬に飛び乗りガラシャの後を追った。他の騎士らもそれに続いた。

 取り残された忠興は、その場を動けなかった。

 ガラシャに拒絶されたショックだけではなかった、ガラシャの前に近づけない光の壁が忠興の動きを封じていたのである。

「何故だ……」

 忠興は、拳を握りしめた。

「ぐぬうううう」

 忠興は、その場に立ち尽くし、一行が去っていくのをただ見守るしかできなかったのである。


「お、このクエストだな」

 コエンが声を上げた。

 宿に戻った忠興は、アルトらと共にギルドに来ていた。

 見物客らから、ガラシャの行き先がトレットであることは判明したが、アルトには何やら妙案があるらしかった。

「これですよ、これ」

 コエンが一枚の紙を忠興に示した。


       クエスト依頼


   依頼主 トレット漁業組合・王都鮮魚組合

   報酬 百万リードル

   内容 トレットの近くに住み着いたゴブリンのせいで、新鮮な魚介類の運送に支障をきたしている。

      奴らは、トレットの西側の街道沿いの林にいる模様だ。

      このゴブリン達の討伐をお願いしたい。


「何だこれは?」

 忠興が紙を手に呟く。

「これは、クエストの依頼書さ」

「見ろよ、トレット漁業組合と王都鮮魚組合からの連名クエストだ。報酬も百万リードルだぜ、気前のいいことだ」

 アルトが興奮気味に言った。

「だから、何だと聞いている」

 忠興は苛立っていた。

(こんな事をしている間にも……珠が……)

 そう考えると、いても立ってもいられない気持ちであった。

 そんな忠興の気を知ってか知らずか、アルトが得意気に続ける。

「だから聖女様の後を着いていくんでしょ。どうせならお金にしなきゃ」

「ギルドからの依頼だってんなら、大手を振って後を追えますぜ」

 アルトが胸を叩いた。

「勿論、こんなおいしい話には俺らも乗らせてもらうぜ」

 つまりは、通常なら困難で誰も受注しないクエストに、聖女ガラシャが、王の命令で向かうことになった。

 今こそクエストを受注した上で、ガラシャらと合流しゴブリンを倒す。

 そうすれば、王に対するアピールにもなるし、報酬も得られるというのがアルトの考えなのである。

 アルトが忠興の顔を見てニコリと笑った。商魂逞しい、これも冒険者の智恵なのである。

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