第7話 聖女の試練
「して、ガラシャ殿……」
イスパリオの王フォリオ三世がガラシャに話しかける。歳は50歳、体躯は脂肪に包まれた肥満体であるが、顔にはいくつもの深い傷が刻まれている。
いや、その煌びやかな衣装に隠された肉体にも無数の傷が刻まれていた。
「先陣王」
と渾名される程、フォリオ三世は将兵に先んじて戦場を駆けた歴戦の勇士でもあったのである。
「魔王を倒すとそなたは言うが、儂にはどうにも……」
ガラシャがあまりにも幼過ぎると、王の目には映ったのである。
「うぬっ」
ショウサイが、不満気な声を上げた。
それを、一人の若者が遮った。
赤味がかかった髪に、そばかすまじりの顔である。
ポルテギアの王子、エンリケである。
いや、正確に言えば現在は新たに即位したカルゼ五世の叔父である。
ポルテギアは、昨年、先王カルゼ四世が若くして死去した。王の後嗣を巡って家臣団の間では弟エンリケと、幼い息子ジョージのそれぞれを擁立する動きが起こった。
王国内は、二つに割れた。
しかし、一触即発の両陣営が、戦闘に発展しなかったのには理由があった。
王国を狙う、魔王の手先の存在があったからである。皮肉にも共通の敵が、両陣営が争うことの抑止力として働いていたのである。
「聖女様の実力は、見た目では図り知れません」
エンリケは言う。
そう、ポルテギア王国を狙う、魔王軍の幹部プリーデを聖女ガラシャは討伐したのである。
それぞれの陣営が功を競いあい、プリーデの城を攻めた。
その中には幼いジョージを差し置いて、自ら武勲を示そうとしたエンリケも参加していたのである。
しかし、圧倒的なプリーデの力の前に、両陣営の精鋭は壊滅した。
そこに、ショウサイを伴ったガラシャが現れたのである。
「ガラシャ様の魔法はまさに神の御業です」
エンリケが、その感動を思い返す。言葉にも熱が籠った。
プリーテの手下の魔物どもを、ショウサイがその槍で次々となぎ倒して道を作った。
そこを、ガラシャはまるで無人の荒野を歩くように真っ直ぐにプリーテに向かったのである。
倒れ伏したエンリケは、プリーテを、ガラシャが発した光の矢が貫くのを見た。
その後、ガラシャはポルテギアに迎え入れられた。
エンリケは、王位を甥であるジョージに譲ることを宣言し、内紛の芽は摘まれた。
それは、エンリケが王位という物よりも、遥かに大きな神の力という物を目にした心境の変化からであった。
そうして、エンリケは魔王討伐に乗り出すガラシャの一行に加わることにしたのである。
「ふむ……魔王討伐は我らとしても国を挙げて支援したいところではある……が」
イスパリオとしても、この魔王討伐という偉業に一枚噛んでおきたいというのが本音である。
兵力を出すか、資金を援助するか、いずれにせよ、国民の王に対する求心力を上げる点においては必要なことと思われた。
しかし、徒労に終わることを王は危惧しているのである。
「それでは、王……」
イスパリオの財務大臣ヨシアンが口を開いた。
「我が国民も、魔物の増加に困っております。ギルドの冒険者だけでは手一杯というところが実態です」
「ここは、聖女様の御力を以て、我が国の脅威を払ってもらっては如何でしょう」
白髪交じりの、痩せた男である。
「そうすれば、聖女様の名も上がる、魔物も減る、我が国、国民も喜ぶと良いことずくめでしょう」
そう言うと、ヨシアンはじっとガラシャの目を見た。
「貴公、ガラシャ様を疑っているのか」
ショウサイが、手にしたフォークをテーブルに置く。
ヨシアンは、明らかにガラシャの力を疑ってかかっていた。イスパリオの財政を預かる者として、こんなペテン師に金は出せないと考えているのである。
「よしなさい、ショウサイ」
ガラシャがショウサイを止める。
「分かりました。元より魔物の跋扈を許すつもりはありません」
「して、どうすれば……」
ヨシアンの目を、真っ直ぐにガラシャが見つめる。
「そうですな……」
ヨシアンが考えるそぶりで、ガラシャから視線を外す。
「東の街トレットの近くの森にゴブリンが住み着いているそうです」
「トレットは、重要な漁港。しかし、その積み荷が襲われることもしばしば……」
ヨシアンが、フォリオ三世の顔を窺う。
「うむ、そうじゃな」
「海の幸がなくては、王宮の料理も味気ないわ」
ハハハと、豪快にフォリオ三世が笑った。
「かしこまりました」
ガラシャが、頭を下げる。
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