第6話 転生者

  第二章


 一


 私の胸を、槍が貫いた。

 ――痛みは、一瞬だった。流石は、槍の名手と謳われた小笠原少斎……

 畳に滴り落ちる私の血の前に、少斎の涙が落ちる。

 この日、石田治部の手勢が屋敷を襲った。大名衆の奥方らを人質とし、後の徳川家康殿との戦を有利に進めようという算段らしい。

 愚かな男……、それが自らの首を絞めることになるという事が何故分からないのだろう。

 きっと、夫はこの件を知れば、烈火の如くに怒り、治部憎しと徳川殿に奔るに違いないのだから。

 思えば、この世に生を受けて、私はいつも男らの戦に巻き込まれてきた。

 父、光秀が信長公を討ったこともそうである。理由も分からぬままに、私は丹後の山奥に閉じ込められ、そして今また――


 ところで、私は今、何故このようなことを考えているのでしょう。

 私の身体は、既にこと切れて……ほら、そこに倒れているではありませんか。

 あぁ、少斎、あなたも逝くのですね。あなたも付き合わせてしまったことは申し訳なく思っています。あなたも武士ならば、死ぬのは戦場であろうに……

 では、今の私は――魂というものでしょうか?

 ならば、間もなくデウス様の御使いが、この私の魂をパライソに連れて行って下さるのでしょう。

 人としての生は終わりました。


      散りぬべき

      時知りてこそ

      世の中の

      花も花なれ

      人も人なれ


 これからは、安らかな魂となって、神の下パライソで静かに暮らしたいものですね。



 そして、気が付けば草原に立っていた。

 ゆっくりと辺りを見回す。視線の遥か先にそびえる山にも見覚えはない。

「ここは……」

 彼女は、自らの手を見る。白い柔らかな手である。

「この手は……」

 彼女は考えた。何故なら、自分は歳も三十五を超え、手にも皺が目立つようになっていたはずであった。

「この顔は」

 その手を顔に当ててみる。張りのある肌が、弾力を以て、その手を押し戻す。

 体に視線を移すと、明らかに体つきが少女となっている。着ていたものも、着物から不思議な白い布に変わっている。金の美しい装飾が施されている。

 そこか気品を感じる服である。

 風に揺れる髪が金色であることに彼女は気づいた。

「私は……一体」

 慌てて彼女は胸元に手を置いた。

「デウス様……」

 胸には、彼女がいつも身に着けていたロザリオがあった。それを、じっと見つめる。十字架に、彼女の実家明智家の家紋である桔梗をあしらってある。間違いなく自分の物であると、確信した彼女は、そのロザリオを握りしめ神に祈った。

 そう、彼女――

 細川ガラシャは慶長五年八月二十五日(西暦一六○○年八月二十五日)、関ケ原の戦いに先立ち、大坂玉造の細川屋敷において、自刃したはずだった。

 細川忠興が関ケ原から消えた、二カ月程前の話である。

「そう、私は死んだ……じゃあ、ここが……」

 ガラシャは、再びゆっくりと周囲を見渡す。

「パライソ」



「ガラシャ様……ガラシャ様」

 呼ばれてガラシャは、ふと我に返った。どうやら、しばらく考えこんでいたらしい。

 王宮では、晩餐会が催されていた。

 色とりどりの料理が並んだテーブルには、豪華に着飾った貴族、貴婦人らが席を連ねる。

 楽師らが優雅な音楽を奏で、その場を盛り上げる。

 豪華な装飾が施された室内を見て、少女は溜息をついた。

 聖女ガラシャこと、珠である。

 流れるような金色の髪に、白い柔和な肌、輝くような金色の瞳は、神に愛された者というのを相手に納得せしめる程の美しさを誇っていた。

 物憂げなその表情に、居並んだ男ども、いや女ですらも心をかき乱さるのであった。

「ガラシャ様、また考え事ですか?」

「今は、この場を楽しまねばいけませんぞ」

「ほれ、この肉なんぞ絶品ですぞ」

 横に座っている騎士が、ガラシャに耳打ちする。

 歳は三十代であるが、老人のようにお節介を焼く。

 彼の名は、小笠原少斎。

 キリスト教徒ゆえに、自害ができなかったガラシャを殺した、細川家の家臣だった男である。

 彼もまた、ガラシャと同じように、この世界に転生していた。

 その過程で若返ったのが嬉しい様子で、口と手がよく動く。

「分かってますよ、ショウサイ」

 ガラシャが、笑顔を見せた。彼はこの世界ではショウサイと名乗っていた。

 ガラシャは、何もこの晩餐会に不満があるのではなかった。

 ただ、自分がこれから討つべき魔王という物について思いを巡らせていたのである。

 そして、あの時に確かに聞いた。神、デウスの声を――

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