現代百物語 第5話 高架線の下
河野章
現代百物語 第5話 高架線の下
「近道だから、そこ通っていこう」
谷本新也(アラヤ)は藤崎柊輔が指指した高架線下を、ぎょっとした思いで眺めた。
そこは以前、新也も近道として使っていた道だった。
繁華街から数本離れた場所で、周囲は閑静な住宅街だった。
飲んでいた場所から最寄り駅に向かうには、その高架線下を通るのが一番近い。
しかし新也は藤崎の腕を取ると、回れ右して迂回路へと引っ張っていった。
「おい、新也」
藤崎は不思議そうにしながらも、新也に従う。
新也が避けるということは相当妙なもの……人かもしれないが、がいる可能性があった。
谷本新也は不思議な体質の持ち主だ。
本人は怖がりなのだが、あらゆるオカルトや心霊現象が寄ってくる、ホラー体質なのだ。
そんな彼は今までの人生でも日常でも、種々様々な者たちに出会ってきている。その彼が一目散に避けるというのは……。
「あそこにいるのは厄介です」
早足のまま、きっと新也は藤崎を振り返った。
迂回路を周り、高架線が見えなくなった頃、ようやく新也は息を着いた。
「もう、大丈夫だと思うんですけど……」
藤崎の腕を離す。
掴まれていた腕をさすり、藤崎はニヤッと笑った。
「何がいるんだ、あそこに」
藤崎は新也の妙な体質を知る少ない人間のうちの1人だ。
基本的にお化けや霊は信じないが、新也の周囲に限っては鈍感な藤崎にも何かがいるのが分かるほどだった。
「……あまり気持ちの良い話ではないですよ。主に僕が」
「なら大丈夫だ。聞かせてくれ」
「……」
新也は藤崎を軽く一睨みすると、連れ立って歩き出した。
「……新卒の頃に、彼女が出来たんですよ。彼女はこの近くに住んでました」
「ました。……過去形か?」
「引っ越したんです、あることがあってから」
「ふうん、それで?そのあることってのは?」
「……、そこの道を通って通ってたんです、付き合いの最初は。何かがいるのは分かってました。けど、別に影のようなもので……道端にもたくさんいるし放っておいたんです。そしたら、ある日、帰り道に着いてこられちゃって」
「家に?」
「そうです、僕の家です。耳元で、何かブツブツ囁きながら背後から追いかけてくるんです」
「そりゃ怖いな」
「いや、それも……よくあることなんで無視してたんです」
「地味にすごいな、お前」
「そうでもないですよ、本当によくあるんで。……ただ、そうだな、1ヶ月もする頃に、どうも近づいてきてるんですよその影が。通る度に距離が近くなる。僕の家の前に着くとふっと消えてしまうんですけどね。そんなことが2〜3ヶ月も続きました」
「そいつは何だったんだ」
「女性かな、という気はしました。背後を追いかけてくる裸足のペタペタいう歩小さい幅と、ブツブツいう声が、女性を感じさせました。距離は段々近くなりました。彼女の吐息がもうすぐ耳元まで聞こえる、そんな距離です。それで……」
「それで?」
「ある日、家の前で追いつかれちゃったんです」
「え?」
「追いつかれちゃったんです、彼女に。僕の鍵を握る手に、爪が剥がれて汚れた細い指が重なってました。それで一言、冷たい吐息で囁かれたんです「部屋に入れて」って」
思い出したのか新也は身震いをする。藤崎はそんな新也を眺めながら首を傾げる。
「で、お前はどうしたんだよ」
「そりゃ、入れませんでしたよ、怖いですもん!振り返ることさえ出来ませんでしたよ」
「そりゃ……残念だな。絶世の美女だったかもしれないのに」
藤崎はニヤニヤと笑う。
新也は憮然として、そしてなぜか頬を赤くした。
「それでもう、この話は終わりです!その後すぐに、僕は当時の彼女に振られて……。だからあそこは、通らないほうが良いです。多分まだ、「彼女」がいますから」
「ふうん」
興が削がれたのが、藤崎は残念そうに相槌を打つばかりだった。
新也は改めてため息をつくと、凍える指先に息を吹きかけた。
そう、もう2度とあそこは通らない。
次に高架下の彼女に会ってしまったら……拒みきれる自信が新也にはなかった。
「そういう話なんです」
詳しくは語らずに、藤崎の後を追って新也は駅への道を急いだ。
現代百物語 第5話 高架線の下 河野章 @konoakira
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます