第32話 最終決戦!

 賢者になった金の象封じの魔法によって、ナウマン象は、いや正しく言えばアフリカ象は超小型サイズになり、瓶の中に閉じ込められた。ウマシカ、ドクター、クソ猿の三人は象に踏まれてくたばった。みんなとりあえず、一安心だ。

 しかし、それも束の間、ハエ男がコニタンたちの所へと飛んで来る。ビクターたちとバカ犬がハエ男を追って来る。ハエ男は洞窟の天井にへばりつき、甲高い声で叫ぶ。

「ヒーッヒッヒッヒッ!」

 モンスターが、地面の下から、空中から出現する。その数およそ五十匹。大木のモンスター、巨大なネズミのモンスターが地中から出てきた。空中に空いた穴から無数の巨大なコウモリと巨大なトンボが出てきた。

 ビクターは高く跳び、ハエ男に斬り掛かる。またしてもお互いに攻撃を食らい合う、「ギエエエーーーー!」、「ぐあああー!」。両者、それぞれに刺さっている剣と槍を抜き取る。

「回復魔法!」

 アインとカベルの唱えた魔法がビクターの傷を回復させる。バカ犬が間髪入れずにハエ男に殴り掛かる。休む間もなく攻撃を続けなければ、モンスターを召喚する時間を与えてしまうことになる。

「アホ雉、お前も手伝え!」バカ犬。

「わかっとるわい!」アホ雉。

「あたしも手伝うよ!」マジョリンヌ。

「私もだ」金。

「とりゃーーー!」ビクター。

 五人が、アインとカベルを入れれば七人がハエ男に攻撃をし続ける、しかもモンスターを相手にしながら。すぺるんも加わろうと思ったのだが、レベルの高い戦闘を前にして、体が動かなかった。

 バカ犬の拳がヒットしても、空気中に浮かんだ襤褸ぼろを殴っているようで、ハエ男は何も感じない。アホ雉の剣がハエ男の襤褸ぼろを突き通っても、ハエ男は何も感じない。拳による攻撃も、剣による攻撃も、ハエ男には全く効いていない。金とマジョリンヌが魔法を唱えるのだが、ハエ男は風を起こして魔法をかき消してしまう。ビクターが聖剣で斬り掛かる時や、アインとカベルが聖なるダガーで攻撃する時だけ、ハエ男は飛んで逃げるのだ。空中を自在に飛び回れるハエ男に連続して攻撃を当て続けることは難しい。その様子を見てかおりんはため息をつく。

「やっぱり、悪魔には勝てないか……ゴホゴホ」かおりん。

 ビクターたちの肉体的な疲労は神官二人が回復させるとはいえ、精神的な疲労までは癒せない。ビクターたちに焦りが見え始めた。ただ、マゲ髪だけが冷静でいる。

「さあ、勇者コニタン、君が活躍する番だ」マゲ髪。

「えええええっっっっ? げほっ、げほっっっっっっ」コニタン。

「俺のパーティーではナウマン教を滅ぼすことができなかった。その理由があの悪魔の存在だ。モンスターを無限に増やすことができるあいつがいる限り、ナウマン教団の中枢にまでたどり着くことが困難だったからだ。それに、たとえウマシカがいなくなっても、あの悪魔は契約通り世界征服のために人間を攻撃し続ける。あいつを倒さなければ、本当の意味でナウマン教の野望を終わらせることができないのだ」マゲ髪。

「ゴホゴホ、なるほど」かおりん。

「悪魔を倒すには、ジャポニカン王国に伝わる三種の神器が必要だ。俺のパーティーには、三種の神器を扱えるだけのキャラがいなかったんだ」マゲ髪。

「いや、キャラって……」すぺるん。

「これがその三種の神器だ。ほら、コニタンのパーティー、お前らに託そう」

 マゲ髪はビクターたちから預かった革製の袋の中から、三種の神器を取り出す。

「これは真実の鏡だ」

「おう、鏡か」すぺるんは真実の鏡を受け取った。

「これは正直者のムチだ。えーっと――」渡そうと思ったハリーがいないことに気づいたマゲ髪。

「……ハリーさんがいないので、ゴホゴホ、よければ私が」かおりんが正直者のムチを受け取った。

「真実の鏡は、写っている者にその者の真の力を気づかせる。正直者のムチは、打たれた者の真の力を引き出す。そしてコニタン、これが勇者の剣だ」

 マゲ髪はコニタンに渡した、ハエ叩きを。そう、ハエ叩きを。

「え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!?」目の玉が飛び出るほど驚くコニタン。

 だが、モンスターたちが何かを感じてざわめきだす。そしてコニタンの持つハエ叩きに注目する。

「あ~の~剣~は~」

「あ#の#剣#は#」

「あ♪の♪剣♪は♪」

「勇!者!の!剣!!!」

「ただのハエ叩きやっ!!」アホ雉の鋭いツッコミ。

 モンスターたちは怯え始める。ビクターたちの攻撃の手はまない。

 かおりんはムチを持った途端、目つきが変わった。雰囲気も変わった。

「いいムチね。おりゃ!」

 かおりんは、急にどSキャラになってコニタンをムチで打った。

「ひいいいいいいい!」

「お前はブタだ!」ムチで打つかおりん。

「かおりん、お前、どSなのか。おい、コニタン。この鏡を見ろ。お前、その顔でアイドル事務所に履歴書を送ろうとしてたって? ふざけんな! よく見ろ! この不細工野郎が! 何がアイドルだ!」に言うすぺるん。

「ひいいいいいいいいいい!」

「ブタが!」かおりん。

「ああ、お前は、ブタだ!」すぺるん。

「ブタが!」

「ブタが!」

「ひいいいいいいいいいい! うあああああああああーん! 俺だって、イケメンになる予定だったんだあああああああ!」泣きだすコニタン。

 その時、コニタンが何かに目覚めた。コニタンの中の、魂の中の根源部分の何かが急激に変化した。まるでこれまで隠れていた部分が表出したように。コニタンは目つきが鋭くなり、態度がデカくなった。まるで猫をかぶっていたライオンのようだ。

 コニタンは堂々とゆっくりハエ男の方に近づいていく。戦闘中のビクターたちは、一体何事だと手を止める。コニタンは映画俳優のようにカッコつけてビクターたちに言う。

「全員、下がってろ」

 声のトーンがこれまでとは明らかに違う。低く太い声だ。飛び回ってたハエ男がコニタンの目線の位置まで降下してくる。

「ヒーッヒッヒッヒッ! 何だお前?」

「いけー、ブタ! やっちまえー!」すぺるんとかおりんが盛り上がっている。

「何だお前、ブタなのか?」ハエ男。

 それを聞いてコニタンの両眉がつり上がった。

「お前今、言ってはいけない言葉を言ったな。このハエが!」

 コニタンは三種の神のハエ叩き……じゃなかった、勇者の剣でハエ男を叩く。

「ギエエエーーーー!」叫ぶハエ男。

「ハエが!」もう一発叩くコニタン。

「ングアアアーー!」苦しむハエ男。

 まるで西洋の絵画のようにハエ男の全身が歪む。聖なる武器以外では、ハエ男に攻撃を当てることができなかった。ところがどっこい、コニタンが手にする勇者の剣が、効いているのだ。

 ビクターたちは呆然と立ちつくしている。コニタンは悠然たる態度でいる。今度はハエ男の反撃だ。

「おのれ、ブタが!」

 ハエ男は槍でコニタンの不細工な顔を殴った。だがコニタンは平然としている。

「ムチに比べれば痛くねえな!」

 あごが外れそうなくらい驚くハエ男。あごがあるのかどうかは別として。

「ブタ! ブタ!」ハエ男は槍で二発殴った。

 全く動じないコニタン。

「やれー! ブター! いけー!」外野で盛り上がるすぺるんとかおりん。

 コニタンは「ぺっ」とつば混じりの血を吐き出す。そしてハエ男にをとばす。

「お前は俺の闘志に火をつけた。もう誰も止められねえぜ!」

 ビクターたちはもう茫然自失だ。

「ハエ、ハエ、ハエ、ハエ!」コニタンがハエ叩き……いや違う、勇者の剣で連続攻撃。

「ブタ、ブタ、ブタ、ブタ!」ハエ男も連続攻撃でやり返した。

「ハエ、ハエ、ハエ、ハエ!」

「ブタ、ブタ、ブタ、ブタ!」

 攻撃の応酬が続く。みんなこの戦いを見守っている。

「ハエ、ハエ、ハエ、ハエ!」

「ブタ、ブタ、ブタ、ブタ!」

 4Kのマゲ髪とマジョリンヌでさえ、見守ることしかできない。それくらい、変な戦いなのか……。

 応酬が続き、コニタンとハエ男はだんだんと疲れてきている。

「ブタ、ブタ、ブタ、ブタ……」コニタンの連続攻撃。

「ハエ、ハエ、ハエ、ハエ……」ハエ男の連続攻撃。

 おいおい、逆になってるよ。

 ハエ男がコニタンを横殴りするために大きく槍を振りかぶる。

「ブター!」

 顔面にヒットし、コニタンはよろめく。

「……ハエー!」

 コニタンが反撃した。ハエ叩きが、いや勇者の剣がハエ男にヒット。

「……ブター!」

 ハエ男が反撃した。槍がコニタンにヒット。

 コニタンの目つきがさらに鋭くなった。コニタンは全神経を集中させ、渾身の一撃を繰り出す。

「……ハーエー!!!」

 勇者の剣が、いやハエ叩きが、あれ間違えた、勇者の剣が、ハエ男に断末魔の叫びを上げさせる。

「ギイイイイイイィィィヤアアアアアアァァァーーーーー!!! ……まさか、人間ごときに……」

 ハエの悪魔は、燃えカスや灰のようになり、散り散りになって消滅していく。周囲のモンスターたちも消えていく。

「お前は、俺を目覚めさせた」コニタン。

「よっしゃー! やったぞ、ブタ―!」すぺるんとかおりん。

「いや、目覚めさせたん、この二人や」アホ雉のツッコミ。

 ハエの悪魔の黒い細かな破片が全て、消えてなくなった。

「おおー、悪魔を葬ったのか」マジョリンヌ。

「やったわ、やったー! 悪魔を倒した! ゴホゴホ」素に戻って喜ぶかおりん。

「何とすごい。この聖剣でも傷を負わせるのがやっとだったのに。すごい武器だ、勇者の剣!」ビクター。

「ハエ叩きや!」アホ雉のツッコミ。

「俺たち、やったのか」すぺるん。

「ナウマン教団も、悪魔も、私たちが倒したのよ。それとナウマン象も」かおりん。

「アフリカ象やったけどな」アホ雉のツッコミ。

「終わったな、マジョリンヌ」マゲ髪。

「あたしらに無理だったことを、こんなおかしな連中が成し遂げるなんて。モミアゲとエンドーがここに居たら、なんと言ったかねえ」マジョリンヌ。

 みんな安堵の胸をなでおろし、喜んでいる。全て終わったと誰もが思っていた。まさに今この時、みんな気が抜けていたのだ。

 後ろから、何者かが静かにかおりんに近づく。ゆっくりと静かに、何者かが近寄って来る。教祖ウマシカだ。ウマシカは、持っている杖の先端でかおりんを突こうとする。すぺるんが気づく。

「危ない!」すぺるんがとっさにかおりんを退ける。

 避けきれない。皆がそう思った。すぺるんはウマシカの攻撃を避けきれないと。しかし――

 バキューン!

「う゛っ!」息が詰まるような声を上げるウマシカ。

 バキューン! バキューン!

 コニタン一行は音のした方を振り向く。ハリーだ。ドロシーを抱えたハリーが拳銃を構えている。

「……おのれ……」ウマシカは吐血して倒れた。

「えっ? ハリー!」すぺるん。

「私がいなかったら、ゴホゴホ、お前は死んでいたな、筋肉バカが」

「おい、ハリー、生きてたのか!」喜ぶすぺるん。

「私の得意な魔法は水中脱出だ、忘れたのか? これで貸し2だな」

「回復魔法!」アインとカベルが回復魔法を唱えた。

 ハリーの体力は回復するが、ドロシーには効果がない。神官二人がすぐに気づく。

「人工悪魔にされたのですか?」アイン。

「ゴータマ神殿のメイジ大神官なら治せます。大丈夫ですよ」カベル。

 安心するハリー。その一方で、悲しんでいるのがバカ犬とアホ雉だ。バカ犬がウマシカを抱え起こす。

「……私はただ……差別や争いのない世界を……つくりたかっただけ……なのに……」

 そう言って、ウマシカは静かに目を閉じた。

「ウマシカ様っ! うわあああああああ!」男泣きするバカ犬。

「ウマシカ様が平和な世界を望んでたんは、よー知っとる。ただ、達成するための手段が間違ってたんや。頭がいいのに、何でわからへんかったんやろな。そこんとこだけバカやったんやな。名前の通りに……」アホ雉も涙を流して泣いている。

 ハリーが何かを言おうとしたが、思い止まった。マジョリンヌが皆に向けて言う。

「ナウマン教団ができたのは、あたしらみんなのせいでもあるね」

「そうだ、世の中がつくり出したんだ。彼女はそんな世の中の犠牲者だったんだ」

 マゲ髪が、ウマシカを見つめながら言った。でも、誰もバカ犬とアホ雉に声をかけることができない。場の空気を読まないすぺるんが、別な話題を振る。

「しかしよ、何で勇者の剣を使えるのがコニタンなんだ」

「ああ、真に勇敢な者は、恐怖を感じない者ではなく、恐怖を誰よりも知ることができる人間だ。それがコニタンだ。だから、コニタンしか勇者の剣を使うことができないんだ」マゲ髪。

「ふーん、そんなもんか」納得したすぺるん。


 ガガガガガガガガガガガガガガガ!!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!


「洞窟が崩れるぞ!」マゲ髪。

「ひいいいいいい!」コニタンが素に戻って気絶。

「おい、マジかよ!」すぺるん。

「瞬足魔法!」マジョリンヌが唱えた。

「みんな早く走れますよ」かおりん。

 奥の方から何かが歩いて来る。カピバラだ。

「メエエエエーーー」

「おや、お前バッピーじゃねえか。ちょうど良かった、この勇者様と女の子を乗せて連れて帰っておくれ」マジョリンヌ。

「メエエエエーーー」

 マゲ髪とマジョリンヌがコニタンとドロシーをバッピーの背に乗せる。

 ビクターと神官二人がまず出口へと走って行った。その後を追うように、バッピーとマジョリンヌが走って行く。マゲ髪はバカ犬とアホ雉に早くここから出るよう言い聞かせている。

 脱出しようとして、すぺるんが振り返る。

「ちょっと、何してるんです、早く」かおりん。

「ウマシカ、いい女だったなあ」すぺるん。

「ふん、煩悩の塊が」ハリー。

「何だと、いつの間にかラブロマンスしてんじゃねえよ。偽魔法使いが」すぺるん。

「いいから、早く行きますよ!」かおりん。

「さあ、急いで」金。

 すぺるんたちも出口へまっしぐらに走る。正確に言えば、かおりんは飛んでいるのだが。

 この場を離れようとしないバカ犬を、アホ雉とマゲ髪が連れて行く。


 ドゴゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーンンンンンンンンン!!!


 ナウマン教団の本拠地である洞窟が崩壊した。洞窟が崩れる前に、全員が無事に脱出できた。

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